今夜君が欲しい【前編】

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部長の愛人らしき北山さんは人当たりが良かった。
一服しに喫煙所に行くと、その中には北山さんだけがいた。


丁度、北山さんも入ったばかりだったらしい。
余り話した事がない人と二人きりでこの狭い空間にいるのは得意じゃないけど、特に話す必要もない。


ガヤとの時間を邪魔される敵だし。



北山さんは、特に笑いもせず会釈をして一瞬俺の眼を見ると、おもむろに煙草の箱を取り出して、上部を軽くトントンと叩き、少し飛び出したタバコをスッと抜いてそのまま口に浅く咥えた。


そんな仕草に瞳が奪われた。


口は薄く開き、その隙間からあまりにも色気が漏れてる気がした。



ガヤの煙草を咥えた口元程ではないけど、この人の口元も何か見てはいけないものの様に感じる程、妖艶だった。


ライターで火をつける時に、ちょっと伏目がちになりながら、真顔になる。



もっと媚びるような人かと思ってた。
愛人ならば。
でも、この人は媚びるとか、そんなんじゃない。



煙を吐くと息が目に見えるかの様に白く放たれる。


「………！」


煙草を指で挟んだ方とは逆の手が急に目の前に伸びてきた。



「火いります？」
「……あ、いや...」



その手には、ライターが握られていた。
急に話しかけられた事に、驚きから顔が引き攣ってしまった。



「そう？全然吸わず、こっちばかり見てるから。火がないのかと」
「……すみません。火はあります」



見惚れてしまっていたとは言えず、慌てて視線を自分の手元に戻し、箱から取り出し咥え、ポケットから取り出したモノで火をつけた。



無言なこの空間が嫌で、ある程度いったら火を消してしまおうと、彼に背を向けた。



「玉森さんって何処に住んでるんですか？」
「……はい？」



突如聞かれたプライバシーな質問に思わず振り返る。
すると、先程とは違う柔らかく笑った表情が目に入った。



「すみません。まず自分から言えって感じっすよね。私は白金台に住んでます」



あ、港区。やっぱりこの人愛人確定だ。
フリーランスで他の仕事は別にやってるとは聞いていたけど、バイトが住めるような家賃相場ではない。



「…この近くに住んでます」



部長に目を付けられたくないから、変な態度も出来ないし、嘘もつけない。仕方なく答えると、彼は片方の口角を上げ、小さく笑った気がした。



「藤ヶ谷もこの辺りなんですよね？やっぱり社員さんはこの辺りが多いんですね」
「………ええ」



藤ヶ谷？…『さん』、じゃなくて？

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