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0.1–前 ページ2

空には雲ひとつない。それでいて全体がぼんやりとした春特有の不透明なヴェールに被われていた。その捉えどころのないヴェールの上から、空の青が少しずつ滲み込もうとしていた。日の光は細かな埃のように音も無く大気の中を降り、そして誰に気取られることもなく地表に積った。春風が海の湿り気を攫っていく。まるで木々の間を群れとなって移ろう鳥のように、空気がゆっくりと流れる。風は道路端に咲くタンポポを揺らし軌道を変えて、木々の葉をざわめかせた。

駅は見る間に迫って来て、とうとう駅だと認識できないくらいに接近した。小さな古い駅だから、すぐに改札が見える。

繋ぐ手の暖かさを惜しみ、そっとAちゃんを見た。

「…まだ、3分ありますね」

Aちゃんは黒い瞳で改札の先に線路を跨いである一本の桜を捉えていた。私は無言で肯定を示す。

私の隣には、此れ迄どれだけの人間が座っただろうか。ついこの間まで、か弱い白虎がそこに座っていたのに。救っては飛び立たせて、また救って。でも、その中で違う道を歩み始める者もいる訳で。探偵社員として生きていくのではなく、教師になると決意したAちゃんのことを探偵社は応援して、笑顔で見送った。送別会では涙目になっている人がいたけど、それでも最後は笑顔で見送る。勿論私は終始笑顔を絶やさなかった。

なのに、何故だろう。時が近づくにつれて明るく見送る筈だったのに、三日月を形作っていた唇が垂れ下がってくる。今彼女を見たら、行かないでと云ってしまいそう。桜の花弁が鼻先を掠める。ふわり、甘い香り。出会いと別れの季節はこんなにほろ苦いものだと、始めて知った。

「悲しいですか?」

「真逆。優秀な部下が将来の為に頑張ろうとしているのをとても誇りに思うよ」

嘘。そんなこと思ってない癖に。もっと居て欲しいなどと、図々しいこと思っている癖に。私も彼女も相手を見ないで誤魔化して。綺麗なままで、なにも知らないままでお別れをする為に。

なにか「さよなら」に変わる言葉は?考えて、やめた。彼女を縛り付ける縄にしかならない呪文を、どうやって渡せと云うのか。




私達は黙って立ち尽くしても、別れは一定速度で近づいて来る。

0.1ー後→←0.



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作者名:シモナ | 作成日時:2017年3月28日 17時

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