【文スト】この世界と獣と魔女【BEAST】

最後の喧嘩と最後の笑顔 ページ45

腹立たしい、あの日からこの女が憎くて仕方がない。
胡散臭い笑顔と莫迦みたいな道化に吐き気すらする。



「四年前からだ、四年前から僕は貴様のことが気持ち悪くて仕方がなかった」



あの日、芥川の運命も変わった日。
大きく変わってしまった彼女の存在がずっと嫌だった。



「小泉A、お前は本当に幸せか？
その幸せは本当に貴様が望んだものか？」



Aの笑顔が固まる。



「今のお前は、誰かの真似をしてそれに満足していると自分に言い聞かせているようにしか見えぬ」



その言葉に、Aの肩が揺れる。



「いいか、僕は貴様が嫌いだ、だが今の貴様はもっと嫌いだ。
僕の前でその胡散臭い笑顔を見せるな、そんな笑顔をするくらいなら仏頂面でいろ」



もとより二人しかいない酒場が沈黙に包まれる。
どれくらい時間が経ったのだろう、Aの赤い唇が漸く動いた。



「…意外、だったなぁ」



Aの、表情が抜け落ちた顔が少しだけ歪む。



「まさかお前がそんな風に思っていたなんて…はは、考えもしなかった」



昔の口調に戻っている。
淡々とした、あの時のAに。



「ふふ、ははは…まさかあの芥川龍之介に叱咤される日が来るのは思わなかった」



下手くそに、女は笑った。



「…ありがとう、芥川」



四年前に見たっきり、忘れかけていたAの本当の笑顔がそこにはあった。



「でも…全部が嘘じゃないの、本当に…幸せを感じる時はあるから」



胸ぐらを掴む手をそっと下ろさせて、Aは笑う。
そして、徐に懐からなにかが書かれた紙を芥川に渡した。



「妹さんの居場所が書いてある、行ってあげて」



「！」



「取りこぼしてからじゃ遅い。
…手が届くのなら、失くす前に、後悔する前に行って」



妹が、大切な人が彼にはいるのだから。



「お前はもう、獣じゃないんだから」



白雪姫にも、魔女にもなれなかった自分は、単なる獣に成り果てた。
そんな自分が出来る、数少ない善行。
芥川は静かに紙を受け取った。



「…貴様は、失くしたのか？」



「！」



「大切なものを、その手で」



「…今日はありがとう、久しぶりに楽しかったよ」



気づけばAはいつもの笑顔を浮かべて、カウンターに金を置いて立ち上がっていた。



「今云ったこと、全部忘れていいから」



太宰治四回忌、前日のことであった。

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