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かつての約束の手紙 ページ42

儚げに、それでいて仄かな安堵を見せて微笑むAは消えてしまいそうだった。
あの日と同じ、雪もこんな風に笑って消えた。



「ご挨拶をしにきただけですので、私はこれで」



「待ちなさい」



途端に、彼を思い出させる笑顔を浮かべ、席を立とうとした女の手を森が掴む。
森は数回、思い悩むように目を押さえ、そして本棚の方へ向かった。



「…太宰君の云った通りだねぇ」



ある本の間に挟まれていたものを、Aに渡す。
それは、封をした色褪せた手紙だった。



「これを、かつての私の友人に似た子に渡して欲しいと彼は頼んだ。
きっと彼女はここに来るだろうからと云い残してね」



森の言葉に、Aの顔から笑顔が消える。
長い時間をかけて張り付いた仮面が崩れていく。
震える手でそれを受け取り封をあけ、中の手紙を見た。



「…あぁ」



頬を伝う、温かい液体。
四年も昔に封印した、無駄な行為。



ー貴方は莫迦な人だー



少し癖のある字に、雫が落ちる。



『全て忘れて、幸せになってください』



「本当、莫迦…」



こんな私の幸せを願う、莫迦な人。
私のせいで亡くなった父と同じ言葉を贈る人。



「…だざい、さん」



泣いたってなにも変わらないから、ずっと泣かなかった。
なのに涙が溢れてしまう、あぁ、情けない。



「…ありがとうございました、貴方に逢いに来なかったら、この手紙の存在すら知らなかった」



涙をそっと拭い、立ち上がる。
もうここには用は無い、だが何故か名残惜しく感じた。



「…出口まで送ろう」



森は"以前の世界"と比べ、若干辛そうな顔でそう云ってくれた。
出口まで行くと、やはり外は雨が降っていた。



「本日はありがとうございました、それではご機嫌よう」



太宰のような、雪のような、それでいて誰でも無い笑顔で女は微笑む。
遠のいていく背中を見つめていた森は、



「君には生きてほしい、というのは私の勝手な思いだが…」



そんなことを云ってしまった。
Aが少しだけ、振り向く。



「彼女が、人の温もりを知らなかった彼女が仮に君を愛し、大切に思っていたのなら」



「君には、生きていて欲しいと願うことだろう」



Aの瞳が、見開かれたのは一瞬。
彼女はなにも答えず、少しだけ微笑んだ。



太宰治四回忌、二日前のことである。

全てを背負わせてしまう君へ→←雨が降る



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ゆんこ(プロフ) - 夢小説で初めて泣きました…3周くらいしても毎回泣いてしまいます、! (9月11日 0時) (レス) @page50 id: ea003ef446 (このIDを非表示/違反報告)
蒼真 - ほんとにすごいです…何回も読み返しています…その度に泣いてますよ…ほんとに天才だと思います。いやこれまじでアニメ化して欲しい。小泉ちゃん大好きです!!!! (8月19日 15時) (レス) @page50 id: c4ce57e384 (このIDを非表示/違反報告)
夏蜜柑(プロフ) - 本当に久しぶりに物語を読んで泣きました!すごく心に響いて毎度毎度わかっているのに泣いてしまいます。この物語を描いてくださってありがとうございます! (8月14日 15時) (レス) @page50 id: d710d605b3 (このIDを非表示/違反報告)
ぺぽん(プロフ) - 1年ほど前からずっと本編も番外編もBRASTも読み返しています🥹一つ一つの表現が素晴らしすぎて、同じく小説を書いているのですが勉強させてもらってます。ずっと応援し続けます! (2022年10月27日 12時) (レス) id: 83a944f022 (このIDを非表示/違反報告)
桜月(プロフ) - 本編、番外編を見てから来ました。二人のやりとりが本当に儚くもあり、切なくもあって、、本当に涙無しでは読めないくらい感動しました。素敵な作品に出会えて本当に良かったです!このような素敵な作品をありがとうございました。 (2021年9月21日 20時) (レス) @page50 id: df8a2b67ab (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:もこすけ | 作成日時:2019年11月9日 21時

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