【文スト】この世界と獣と魔女【BEAST】

あの日の真実 ページ30

思い出すのは、あの日の記憶。
全てが塗り替えられたあの日の出来事。



ー忘れていた、あの日の頁ー



書いたことが史実になる白紙の文学書『本』をめぐって、激しい戦いが起こった。
様々な組織がその『本』に手を伸ばし、多くの血が流れた。
互いが互いを喰らい合う惨劇を止めようと、特務課は勿論探偵社も戦いに身を投じた。



ー来る日も来る日も戦い、血と硝煙の匂いが取れなくなったー




何処にあるのかも判らない本をめぐり、
醜い欲望が絡み合い、多くの命が失われた。
そんな中で、私は母の過去の記録から、『本』の手掛かりを見つけた。



「ッ、はっ…はっ…」



思い出すのは、朽ちた教会を駆ける自分の姿。
割れたスタンドグラスから差し込む月がやけに青白かったのを覚えている。
『本』を見つければ、全てが元に戻ると思っていた。



「どうして…？」



「…」



だが、そこで待っていたのは、『本』を手にする太宰の姿だった。
何故彼がそれを持っているのか、数秒理解できなかった。



「何故、貴方がそれを…、だって、貴方は…」



探偵社員でしょう。
その言葉は出てこなかった。



「…ごめんね、好きなだけ私を恨んでくれ」



「！！」



太宰の、底の見えない瞳が、その言葉が、全てを理解させた。
ホルスターから乱暴に拳銃を引き抜き、太宰に向ける。



「ふざ、けないで…、貴方、自分がなにをしようとしているのか理解していますか！？」



「あぁ、判っているさ」



太宰の指先が、『本』の表紙をなぞる。



「私は、この世界を書き換えてもう一つの世界を現実にする」



冷たい、温度のない声だ。
躊躇いもなにもない、絶対的な支配者の命令。



「そうあって欲しい…夢に見た世界があるんだ」



「…その為に、この世界を捨てる、と？」



あの時、自分はどんな顔をしていたのだろう。



「気に入らない原稿を破り捨てるみたいに…？
この世界に存在する全てを無かったことにするんですか？」



銃口が震えた。
だがあの時感じたのは裏切られたことへの怒りでも、恐怖でもなかった。



「そんなの、私が許すと思いますか？」



深い悲しみだ。
簡単に切り捨てられた、その悲しみ。



「『本』を返せ、太宰治」



私は、あの人を排除しようとした。

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