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一人だけの約束 ページ35

拳銃を持つ手が震えた。
もう居ないはずのあの人の声が聞こえる。



「あ、あぁ…!」



この瞬間、あの言葉の本当の意味を理解した。
あの人は、初めからこの結末しか見ていなかったのだと。
行き場のない激情を抑えられなくなり、拳銃を出鱈目に投げ捨てる。



バサリ



拳銃がぶつかった長椅子から、なにかが落ちる。
ふらりと立ち上がり、音の方向へ向かう。



紙袋だった。
そこには、手紙がつけられている。



『入社祝い』



太宰の字で、書かれた手紙だった。
手紙と呼ぶにはあまりにも簡潔な一文。
震える手で、紙袋の中身を取り出す。



「あ…」



砂色の外套だった。
元の世界で、太宰が身につけていたものと全く同じもの。



ー私にもしものことがあったら、よろしくねー



「嗚呼…」



すべてを理解した瞬間、涙は悲しみと絶望から、微かな希望に変わる。
私にはまだ、やるべきことがある。
外套を抱きしめ、ハラハラと涙を落とす。



「判りました、判りましたよ。
貴方は人に仕事を押し付けるのが上手ですね、本当に、本当に…」



太宰治がすべき事はまだまだ沢山ある。
しかし彼はもう居ない、ならば、



「私が、貴方の代わりになりましょう」



その意思を、その役目を私が継ごう。
私が、貴方が歩むべきだった道を代わりに歩んでいこう。
組合も、鼠も、天人五衰も、私が代わりに退けましょう。



「だから、大丈夫ですよ」



なにも心配しないで。



「きっとうまくやりますから」



砂色の外套に袖を通す。
大人用のせいか、やはり少し大きかった。
きっと数年すればちょうど良くなるだろう。



「大丈夫ですから」



地面に落ちたループタイを拾う。
割れてしまっているが、どうにか加工は出来るだろう。
これも、太宰治の欠片だ。
割れていない部分に、私の顔がうつる。



「…違う」



あの人はこんな難しい顔をしていない。
どんな状況でも笑っていた、焦りを見せなかった。
思い出せば、あの人も、母も笑っていた。



ー思い出せ、あの人の姿をー



唇をあげて、笑みを作る。
石にうつるその笑顔はまるで、



ーなんだ、案外簡単じゃないー



あの人のようで。



「…大丈夫」



貴方が願った世界を、私が守りましょう。
貴方の代わりに、私が生きましょう。



ー私のなにを犠牲にしても、約束を果たしましょうー



少女は、優しく微笑んだ。

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ゆんこ(プロフ) - 夢小説で初めて泣きました…3周くらいしても毎回泣いてしまいます、! (9月11日 0時) (レス) @page50 id: ea003ef446 (このIDを非表示/違反報告)
蒼真 - ほんとにすごいです…何回も読み返しています…その度に泣いてますよ…ほんとに天才だと思います。いやこれまじでアニメ化して欲しい。小泉ちゃん大好きです!!!! (8月19日 15時) (レス) @page50 id: c4ce57e384 (このIDを非表示/違反報告)
夏蜜柑(プロフ) - 本当に久しぶりに物語を読んで泣きました!すごく心に響いて毎度毎度わかっているのに泣いてしまいます。この物語を描いてくださってありがとうございます! (8月14日 15時) (レス) @page50 id: d710d605b3 (このIDを非表示/違反報告)
ぺぽん(プロフ) - 1年ほど前からずっと本編も番外編もBRASTも読み返しています🥹一つ一つの表現が素晴らしすぎて、同じく小説を書いているのですが勉強させてもらってます。ずっと応援し続けます! (2022年10月27日 12時) (レス) id: 83a944f022 (このIDを非表示/違反報告)
桜月(プロフ) - 本編、番外編を見てから来ました。二人のやりとりが本当に儚くもあり、切なくもあって、、本当に涙無しでは読めないくらい感動しました。素敵な作品に出会えて本当に良かったです!このような素敵な作品をありがとうございました。 (2021年9月21日 20時) (レス) @page50 id: df8a2b67ab (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:もこすけ | 作成日時:2019年11月9日 21時

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