【文スト】この世界と番外編 その十五

＊ ページ31

襲撃者の異能は透明化の異能だった。
恐らく、猟犬に恨みを抱いた故の犯行だろう。
ならば、容赦の必要は無くなった。







「ふむ、今から追って見つかるか…」








同僚の条野なら姿が無くとも、足音、心音、気配で見つけられるだろうが、鐵腸にはそのような力は無い。
だがAは焦る様子も無く、辺りをじっと見つめていた。






「大丈夫、あと数分で見つかる」







「何故だ？」








「今日の降水確率は百パーセントだから」







Aの唇が、ニヤリと嗤う。
どう云う事だ、と問おうとした時、鐵腸の頬に冷たい雫が落ちた。
見上げると、薄暗い空から雨が落ちてきた。







「谷崎さんの異能と違い、相手は"自分の姿を透明にするだけ"の異能」







雨が強くなる、すると、見えてきた。
何もない空間を、雨が弾いている。






「よぉく考えて使わないと、ただの手品にしか使えない異能だ」






Aが指差す先には、透明化の異能者がいた。
雨により、その姿が浮かび上がったのだ。







「あとは貴方が…」









本来なら、足の速い鐵腸が異能者を捕らえる筈だった。
しかし、それは叶わなかった。
ぐらりと揺れる視界、崩れ落ちる体。
毒が回ってしまったのだ。






「ぐっ…」








身体強化されている猟犬でも、その毒には耐えられなかった。
Aは目を見開き、倒れる鐵腸を見下ろす。
別に彼を助ける義理は無い。
自分は巻き込まれただけだし、猟犬との因縁もある。
だが、






「見捨ててやるほど冷徹でも無いんでね」








仕事が一つ増えた。
莫迦な命知らずの粛清だ。






『毒が全身に回るまで少なくとも数分、それまでに』







「地べたに跪かせてやる」








一気に走り出し、なおも逃げようとする異能者に近づく。
そして、思い切り足を振り上げ、相手の背中に叩き込んだ。
いつもなら背負い投げでもするのだが、時間が無かった。







「ぐぁッ…！」








透明化が溶け、倒れる男の胸ぐらを掴んで起き上がらせる。







「解毒薬を渡しなさい」








そう告げれば男は口から血をにじませ、不敵に笑った。







「どうせ手遅れだ…解毒薬なんて無い！
そのままジワジワ苦しんでくたばれ！！」







ザマアミロと笑う異能者。
Aはその笑い声を聞きながらじっと見下ろし、
そして男の懐からナイフを取り出すと、それを、







スッ







そっと男の肌に滑らせた。
同じ毒を味わわせるかのように。

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