【文スト】この世界と番外編 その七

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なんで私、たいして親しくもない人の家に居候してるんだろう。
雪は美しい顔を少し歪めて、一生懸命勉強をする巳之吉の背中を見つめた。
真面目で、女が近くにいるというのに手を出すそぶりもない。
むしろ風呂上がりの濡れた髪を見るだけで赤面するほど。






『どうやったらこんな真面目人間が出来るのでしょう…』






雪がこの男の部屋に転がり込んで早数ヶ月。
この馬鹿がつくほど真面目な男はこの素性も判らぬ女に自分の住むところを与え、
金を出せばそんなに貰えないと云う。
ただ札束を家賃として渡しただけなのに。






「少し休憩されては？」







「ん、あぁ…もうそんな時間か」







分厚い本を広げる巳之吉に珈琲を渡す。
本来、警察学校は全寮制なのだが、巳之吉は家側が学校に無理を云って家からの通学になっているそうだ。
それも、親が権力者だから出来る技。






「親に従い家を継ぐのも悪くないと思いますが」







「…あぁ、恐らくそれが最も"良い"人生を送れる道だろう。
警察官という夢も諦め、親に反抗しなければ俺は恵まれた一生を迎えられる」







巳之吉はだが、と目を細めた。
その目に浮かぶのは、強い意志。






「だが…俺は俺が納得のいく人生を送りたい。
自分の力で、自分の運命を切り開いていきたいのだ。
…まあ、ただの自己満足だがな」






その言葉に雪は紫の目を見開く。
彼は、巳之吉は自分の運命を恨みながらも受け入れ、その上で反抗している。
魔女という役目から逃げた自分とは違う。







「…貴方は貴方のやりたいように生きればいい」







「ん？」







「なんでもありませんよ。
ですが全て自分の力で生きるのならあの壊滅的な料理をどうにかしませんと」







「うっ…いやあれはだな…」






あの料理とは思えないモノを云えば巳之吉は目を泳がせた。
幸い、なんでも飲み込みが早い雪が料理を作っているため、巳之吉は健康的に過ごせている。







「夢を叶えるにしても、親に反抗するにしても、
あんなものを食べていたら病気になりますよ」







「はは…そうだな…貴女のような人が伴侶なら俺は生涯健康だろうな」







「…え？」








「………あ、いや、違う！深い意味はない！！」








相変わらず面白いその反応にいつもの雪は笑うのだろうが、
その時は綺麗に笑えず、見るに耐えない変な表情をしてしまった。
この、突っかかるような感情はなんだろう、と。

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