二百二十九話 ［その目に映るものは］ ページ31
敦は席を立つ。
だがAは動かなかった。
この光景を見て、フィッツジェラルドは交渉決裂かと云う。
「だが帰る前に見せたいものがある。
…紹介しよう、ミッチェル君だ」
集中治療室で、何本もの管に繋がれて眠る女性。
顔色も悪く、腕も細かった。
組合が破産した時、誰も治療費を払わず闇医院をたらい回しにされた結果だった。
彼女の家は名家だが今は破産中、その為に作戦に参加していた。
「もし彼女が話せたらこう言うだろう。
『この生命維持装置をすぐ切って、かかっている医療費を全額祖国の実家に送金してくれ』と」
ベッドの上で眠るミッチェルが一瞬、見たこともない母の最期の瞬間に見えてしまった。
敦はなにかを決心するように目を閉じ、そして云った。
「判った、取引する」
ミッチェルを車に運び、探偵社の隠れ家まで行く。
「…本当によかったの？」
可哀想な人を見る度に助けていたら力が幾らあっても足りない。
鏡花の言葉に敦はそう返した。
「でも…駄目なんだ。
苦しんでいる人を見ると、みんな昔の自分に見える。
放って、おけないんだ」
かつて敦が鏡花を助けたように。
鏡花はそっと目を伏せ、小さく云った。
「貴方はそれで良いと思う」
Aもまた、同じだった。
他人なんてどうでもいいと思う反面、救いたいと思ってしまう。
相反する感情の間で揺れる。
『まるで、灰色だ』
そっと懐から取り出したナイフを見つめ、そう思った。
黒でも白でもない、灰色。
そんな自分でも、仲間を救いたい。
「それは？」
「…秘密」
車の車体に一本、ナイフで傷つけたAに鏡花は首を傾げる。
すると、車の隣にもう一台車が止まる。
「君はその車で行け」
「な、なんで…！」
フィッツジェラルドの言葉に敦が疑問をぶつける。
Aは静かに彼の目を見つめて、問う。
「その理由は」
「君は会敵と同時に殺される確率が高い。
そのゴタゴタでミッチェル君が死んでは、今度こそ探偵社は終わるぞ？」
「…本当に、それが理由？」
「…本音を云おう。君には、真実を知る義務がある」
真実、自分が知らないこと。
「…その目で見極めろ」
二人はしばらく見つめ合い、Aはなにも云わずに別の車に乗り込んだ。
自分の喉をそっと撫で、覚悟を決めて。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 2614人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
riia - こんなに長いお話は初めてみるので尊敬します！他の夢小説よりちゃんとしていてすごく面白いです！神作だと思います！大好きです！登場人物の性格もちゃんと掴めていて見ていて楽しいです！ほんとに文ストの中に居そうで違和感がありません！設定とか凄いと思います！！ (2022年8月5日 16時) (
レス) @page24 id: 9d716aa4c8 (このIDを非表示/違反報告)
もこすけ(プロフ) - †三毛猫†さん» 嬉しいお言葉ありがとうございます。泣いていただけたようで、書いているこちらとしてはとてもありがたい事です。とても嬉しいです。これからもこの作品をよろしくお願いします。 (2019年5月19日 12時) (レス) id: 4a59fda111 (このIDを非表示/違反報告)
†三毛猫†(プロフ) - 毎回、夢主ちゃんの過去のお話しで泣いてしまいます。こんなに感動できる物語がかける作者さんを尊敬してます (2019年5月18日 19時) (レス) id: a139b9767e (このIDを非表示/違反報告)
もこすけ(プロフ) - さくらかつきのようになりたい←さん» コメントありがとうございます。そんなに喜んでいただけるとこちらとしても書いていてよかったと思います。近々、第７章を出しますのでよろしければ読んでください。皆様の応援、大変嬉しいです。今後とも、この作品をよろしくお願いします。 (2019年5月18日 13時) (レス) id: 4a59fda111 (このIDを非表示/違反報告)
さくらかつきのようになりたい← - BEASTも楽しみにしてます！小泉ちゃんがどう活躍(？)するのか…ｱｯダメだ私の脳じゃ思い付かない…!!(←)ｺﾎﾝ…体調にも気を付けて、作者さんのペースで更新して下さい！(← 何か上からで済みません…!!)我々読者は何時までも待ち続けております!!長文失礼しました！ (2019年5月17日 20時) (レス) id: 1276fff981 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：もこすけ
| 作成日時：2018年6月9日 19時
