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尾幌見 翠 ページ6

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『あの、私、あなたが好きです』
『えっ…』
『ず、ずっと、言いたいなって思ってたんです……わ、私と…付き合ってください』
『……こちら、こそ…』


 重い瞼を開け、視線だけ下に向ける。ロングヘアーの可愛らしい少女と、似たような、可愛らしい少年。見ていて微笑ましい光景に、オレは心地よい気持ちで再び目を閉じた。
 木の上での昼寝は本当に気持ちいい。弱く頬を撫でる風に意識を乗せ、深くも浅い微睡みに落ちた。
 今日もまた、人々の甘酸っぱい営みは続く。


 ここは矢埜神社。狐神の宿る、恋の神社。


 そろりと目を開ける頃には、下にいた二人の少年少女の姿はなく、辺りも夕陽で真っ赤に染まっていた。


 幹に手をついて立ち上がり、更に上を見上げる。この大樹は、町一番の高さがある老木だ。樹齢何千年になるかわからないが、年期の入ったものが心を落ち着かせる、というのは、あながち間違いではないらしい。

 軽く膝を曲げ、今いた枝を蹴り、跳んだ。

 太い枝を選んで足をかけ、更に跳躍。暮れ方の薄ら寒い空気の流れに身を投じ、かつ切り裂いて上を目指す。一分にも満たない内に、オレは大樹の頂上近くに来ていた。


 幹に手をついて立ち、眼下に広がる景色を見渡す。元々高台にある神社だから、町の風景はよく見えた。橙色が一面に広がり、しかし建物のコントラストが、数年前とは違っていた。当たり前だ。人が住む場所なのだから、常に変わり続ける。



 ―――変わっとらんのは、オレだけや。



 風にはためく羽織を着直し、肩を抱く。そうして自分を抱いたまま、その場にしゃがみこんだ。
 ちっぽけやなぁ。
 幹に寄りかかりながら思う。本当に、ちっぽけだ。だから多分、オレはこの大樹を求めるのだろう。この木に凭れて眠るのだろう。

 そろそろ日が沈む。人間の時間は、明るい陽の元の時間は、終わりだ。じきに“彼ら”が目を覚ます。
 懐から筆を取り出す。毛の部分が黒いのは、オーダーメイドの特製品だから。携帯用の同じく特製の墨汁に先を浸し、左の掌にさらさらと文字を書く。
 先の乾いていない筆を咥え、両手を構えた。

 パンッ!

 音を立て、両掌を打ち付ける。ざわっと全身の毛が逆立つ感覚と、合掌の隙間に滾り出した墨汁の熱。次の瞬間、ふわりと、オレの体は宙を舞った。

 筆を持ち、持ち手に刻まれた名を笑んで見る。


尾幌見 翠(おぼろみ すい)


 もう二度と忘れない。オレの、新しい名前。






 

春夜 未琴→←桜龍 怜菜



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モコ。(プロフ) - イヨ(スレンダーマン。)さん» そういうことですか((*゚∀゚))オリキャラあるあるですね笑 (2014年11月10日 0時) (レス) id: b412146a05 (このIDを非表示/違反報告)
イヨ(スレンダーマン。)(プロフ) - モコ。さん» いえ……ダメダメおっさん設定なの自分でも忘れかけてたんですよ。 (2014年11月9日 19時) (携帯から) (レス) id: 09fb693b49 (このIDを非表示/違反報告)
モコ。(プロフ) - イヨ(スレンダーマン。)さん» 了解です。…おっさん?? (2014年11月9日 19時) (レス) id: b412146a05 (このIDを非表示/違反報告)
イヨ(スレンダーマン。)(プロフ) - 更新してきました。おっさん…… (2014年11月9日 19時) (携帯から) (レス) id: 09fb693b49 (このIDを非表示/違反報告)
モコ。(プロフ) - イヨ(スレンダーマン。)さん» 遅くなってしまいました汗 よろしくお願いします! (2014年11月9日 19時) (レス) id: b412146a05 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:モコモコ。 x他6人 | 作者ホームページ:http:  
作成日時:2014年5月17日 17時

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