▶追憶:上書き ページ49
No side
「__それってサーターアンダギー?」
『…堂々と人の部屋に侵入してこないでください』
ぱちぱちと油の弾ける音と、換気のために開けた窓から外へと漏れる甘い生地の香り。
制服のワイシャツの上からエプロンを巻いたAは菜箸を持ったまま、音もなく自室に上がり込んできた不審者__五条悟に悪態をついた。
然しいくらこの人に言っても意味などないことは分かりきっている。
諦めて、不思議そうに手元を覗き込んでくる五条から目を逸らした。
『野薔薇と沖縄の話してたら、食べたいなって思ったので』
「あれ、Aって沖縄行ったことあるっけ?」
『ないですけど、前にお土産で』
美味しかったんです、とまだ揚げている途中のサーターアンダギーを転がしながら言った。
五条はふーんと興味なさそうに漏らした後、台所の壁に背中を預ける。
『…五条先生は、沖縄行ったことあるんですか?』
「僕?あるよー。
…楽しかったなぁ」
笑った五条の視線の先は目隠しのせいで分からないが、昔を懐かしむ様な、どこか遠い所へ行ってしまいそうな雰囲気があった。
それが何となく嫌で、Aはじっと紫水晶の瞳で五条を見つめると、こんがりと揚がった丸いそれの油を切る。
慣れた手際の彼女に五条は「上手いね」と素直に賞賛し、Aにグッと体を近付けた。
『近いです』
「ね、Aって海行ったことあるっけ」
『……ないですが』
「ま、そっか。
僕が連れてってなかったらないよね」
うんうんと満足気に頷いた五条は殆ど密着するような距離感で、Aは離れろという意味を込めて鳩尾を肘で狙うが無限で防がれた。
『…でも、いつか行ってみたいです』
Aが正直にそう告げると、何が意外だったのか五条はすっと笑顔をその表情から落とす。
しかしそれも一瞬で、すぐに口角を持ち上げた。
「じゃあ今度、皆で沖縄でも行こうか!
ま、行くとしても来年の夏になるだろうけど〜」
人差し指を立て名案とでも言わんばかりに明るい声音で言った五条に、Aは手をピタリと止める。
呪術師なんて明日の命があるかも分からないのに、約束なんて無責任だ。
誰かが欠けるかもしれない。
それなのに、この人は来年の夏まで、全員がいる前提で話している。
なんて夢見がちで、バカバカしいのだろう。
でも__
『…いいですね』
この人が言うのなら、その約束も、約束で終わらない気がした。
「ってなわけで、いただきま〜す」
『あ、ちなみにロシアンルーレット式です』
「ぶッ?!!」
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改革 - 面白かったです。イラストも綺麗で感動しました (4月18日 9時) (レス) @page50 id: bf669bb16c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:なぎしば | 作成日時:2022年12月26日 21時