愛執の呪い (ページ6)

今日:19 hit、昨日:51 hit、合計:18,651 hit

6 ページ6

「" 近本光司 " って名前書いて使ってました。ずーっとチカちゃんの事好きやったんで。」

耳を真っ赤にさせながら笑う八重田は珍しく、広報はしっかりとカメラへ収めた。

「沢山おまじないしましたね、懐かしいな〜。無意味やったんですけどね。」

いつの間にか食べる手を止めて、幼少期から今までを懐かしんでいるようだった。
どこか寂しげに呟いた八重田に、広報は「なんで？」と更に首を傾げる。
騒がしい選手サロン、数名の選手は密着中の八重田へ視線を向ける者が居た。

「あの人、結婚したやないですか。」

先程まで耳を真っ赤にさせながらはにかんでいたのに、見た事も無い無表情を浮かべて視線を目の前の料理に向けた後、賑やかなサロン内を瞳だけ動かして見回した。
近本は居ない。聞かれていないだろうか。と不安に駆られたのか。

「結婚したし、俺の事多分苦手っすよあの人。何となく分かりますもん。」

端正な顔立ちの無表情が1番怖い。
パッとすぐに笑った八重田に胸を撫で下ろしたが、その発言には少し悔しさが乗っていた。
そこそこの量の料理を食べ終えた八重田は、自身の道具を手にしてダグアウトからグラウンドへと足を踏み出した。熱気が体に微妙に絡み付き、動きづらさを覚える。

「…あっつ。こんな中動いてたら死ぬで。」

眉間にシワを寄せ、帽子のツバの上に乗せられたサングラスを掛けて呟きながらグローブを両手に嵌める。
自身のバットのグリップを握り、何度か素振りをした。

「折角密着するんやから、ちゃんと撮っててくださいよ。」

「撮ってる撮ってる。」

サングラスを掛けてしまうと、目元が見えず感情が読み取れない。
食事中の会話から少しだけ八重田が怖く、無邪気な選手から、不思議で不気味だと印象がゆっくりと上塗りされている。
ネットに囲まれた打席に立ち、緩やかに投げられる球を打ち飛ばしていく。天色(あまいろ)の空を背景に高く高く飛んでいく白球は、吸い込まれてしまいそうな程に綺麗で心を持っていかれる。

「わ、打ってる。」

ダグアウトから顔を出した近本が、広報の付近に立って小さく呟いた。彼はカメラで八重田を撮っている事に気が付いていないようだった。

「今誰すか？」

背後から中野の声がする。

「A。」

「おぉ、Aさんか。どうすか？今のAさん。」

「……嫌い。」

普段は優しい近本の言葉に、周辺の気温はグンと下がった。