愛執の呪い (ページ15)

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「……はい。」

翌朝、電話を貰った近本は携帯を棚に置いた。
練習へと向かおうとしていた彼だが、クローゼットを開けて洋服を掻き分けた。

「喪服、どこにやったっけ。」

呟いた声は、外で鳴き喚く蝉の声の中に溶けてしまう。
昼からの通夜、その為の支度だ。
本当は、着たくも無い喪服。袖を通すという事は、誰かが死んだんだと。

「昨日見た時は元気そうやったのに。」

「夜中、容態が急変したんだって。」

通夜の場に来ていた木浪に、近本は話しかける。
まだ棺の中には入れられておらず、分厚く柔らかい敷布団に寝かせられ、顔には白い布を被せられていた。

線香の匂いが鼻を掠める。
布団で全体は隠れていても、布の向こうに見える黒髪は力無く重力に沿って流れ、冷房の風にされるがままに揺れている。

「俺さぁ、Aの事なんも知らんかった。」

「え？」

「体が弱い事とか、本当はイジメられてた事とか。」

「…チカが思ってるAじゃなかったんだ。」

八重田の枕元に2人で腰を下ろし、木浪はそっと八重田の毛先に触れてみる。
まるで、生きているかのような。蝋人形にカツラでも被せているんじゃないかと、錯覚してしまうほど綺麗で。
手を合わせ、八重田の両親に挨拶をする選手達を背に、2人の間に沈黙が流れる。
畳を擦る足音が絶えず聞こえる。

「チカは、本当は全く違ったAを知ってどう思ったの。」

木浪の視線は八重田から近本へと向いた。
彼は視線を下ろしたまま、冷たくなっている八重田を眺めている。

「……申し訳ないと思った。」

言葉を詰まらせながら、震える声で言う。

「本当は俺も、好きやったって言えば良かったって。イジメっぽいの、見てたのに無視したし。」

近本は手を伸ばし、顔に掛かった布をそっと外す。
本当に眠っているような端正な顔に、息を飲む。冷えた頬を指の背中で撫でて、昨夜自身にしてくれたように包み込む。

「……昨日、帰る前に " 奥さん大事にね " って言ってくれてん。」

昨日の会話を思い返し、寂しさに浸る。

「呪いって返ってくるじゃん。」

徐ろに木浪が口を開き、近本と八重田の2人へ視線を向ける。

「おまじないも一種の呪いだから、きっと、A自身に返ってきたんだよ。こんな言い方もあれだけど。」

近本の心の溜飲を下げる為の発言だろう。
嫌いだと何度も言いながら、いつの間にか八重田への愛執から逃げ出せずにいる。

音のしない胸元へ耳を寄せながら、愛惜の念に暮れた。

───
END