愛執の呪い (ページ13)

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薬品臭く、整理整頓の成された小さな診察室で、少年は丸椅子に腰掛けて足をプランプランと揺らしていた。
その隣では、母親らしき女性が暗い表情をして、医者の話を静かに聞いている。

「長くても25歳、ですかね。」

中年で、眼鏡をかけた医者は冷静に淡々と述べていく。
目の前の子供はなんの事だか分かっていない様子のまま、診察室内をグルグルと見回していた。

薄暗い病院から1歩外に出ると、先程まで鬱々としていた気分を晴らしてくれるほどの青空が広がっている。
その空の下でも、母親の表情は暗いままだった。

「Aは、野球選手になりたい？」

「なりたい！」

「そっか、応援してるね。頑張ってな。」

優しい母親は、八重田の艶のある髪をそっと撫でて微笑んだ。
我が子の寿命を真正面から伝えられ、辛く思いながらも今を生きる八重田を精一杯応援しようと心に決めた。

「髪切れよ女かよ！」

頭の高い位置で結った髪を強く後ろに引っ張られた。
善悪をまだ理解していない年齢だからしょうがないのだろうが、下品に笑いながら手加減なく、力いっぱい引っ張る行為は普通やらない。

廊下に響く男子の楽しげな笑い声。
囲まれていた八重田も、無理したように引き攣った笑顔を浮かべていた。

「チカー、あれ、お前の幼馴染ちゃう？」

3階建ての校舎、階段を降りて踊り場で足を止める。
小学4年生の教室前の廊下で戯れる八重田達を見て、友人は指を差した。

「うん。」

「なんやあれ、イジメ？」

「Aも笑ってるし、違うやろ。」

まだ気にしているような友人を置いて、近本は階段を降りて行く。
きっと彼は " 何でも出来て人に好かれる奴 " というレッテルを貼っていたのだろう。
ただのイジメなのに。イジメという名の付かない、嫌がらせか。
友人はそそくさと行ってしまう近本の背中を追い掛け、階段を駆け下りた。

真夏の、濃い日陰になった廊下はどことなく嫌な雰囲気を纏っていた。
まるで、なにかに取りつかれたような、陰湿な。

「すごいよな。25までやったのに、いつの間にか28やで。」

嫌に冷たい風が抜ける病室で、まるで作り物の笑顔を浮かべて静かに言う。

「…俺、チカちゃんの事好きやねんけどな。」

何も返事をしない近本を見つめながら、八重田は言葉を続ける。

「表面しか見てくれんかったチカちゃんは、正直、嫌いやった。」

これもまた、愛囚か。