愛執の呪い (ページ11)

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練習着で扇ぎ、空気を肌に触れさせる。
温風のような風でも、汗のおかげで冷たいと錯覚する。

「お願いしまぁーす！」

大きな声が球場へ響いた。
炎天下の中、地獄のようなノックが始まる。あちこちへと飛んでいく打球を追い掛け、飛び込んで捕球する。手足が長いからだろうか、取れなさそうな打球も必死に伸ばせば案外グラブの中に収まっていく。

他の選手も同様のノックを終え、暑いからとそそくさとダグアウトから涼しい屋内へと入っていった。
グラウンドには、コーチと広報、球団職員と、ノック中の八重田だけ。スタンドには、練習見学に来たファンがカメラを構えている。

三伏の炎熱、立っているだけでも汗が滴り土に落ちていき、シミになったかと思えば必死に動くスパイクで掻き消されていく。
「あと10本！」コーチの声に、呼吸の上がった八重田は呂律の回らない返事をした。

様子がおかしかった。
時折拳で左胸を叩いては、気合を入れる為か声を上げる。

土埃を上げ、自身とは離れた位置に転がる打球を追う為に駆け出した時だった。
心臓が握り潰されるような痛みを覚え、そのまま打球を捕球すること無く土の上に勢い良く倒れ込んだ。
最初は、足がもつれて転けてしまったのかと思ったコーチは「はよ立てー！」と声を上げたが、八重田は蹲り、藻掻き苦しむように動くだけだった。

「どうした、やえ、大丈夫か？」

駆け寄って来る職員に、コーチ達に。背骨の浮き出る背中に手を当て、八重田の様子を覗き込む。
咳き込み、グラブを無造作に取ったかと思えば土を握り、痛みに耐えているようだった。整えられた爪の間に入り込んだ土なんか気にする余裕も無いくらい、声にならない声をあげる。

「なんか、やばそう。」

球団職員が担架を持っていく姿を見て、熊谷が呟いた。

「え？」

「いや、あれ。」

一緒にいた中野へ、グラウンド上の人集りを指差し彼は言う。
ダグアウトの扉から覗いてみれば、担架に乗せられた八重田が丁度こちらへ運ばれてくる最中だった。
熊谷と中野に見向きもせず、医務室へと一目散に向かってしまう。医務室に消える前に聞こえた " 救急車もあと少しで来ます " の声に、2人は顔を見合せた。

「……結構やばい？」

「あれ、只事じゃないっすよ。」

水を打ったように静まり返る廊下は、先程よりも一段と冷え込んだような気がした。