操り人形 (ページ34)

今日:33 hit、昨日:22 hit、合計:63,987 hit

34 ページ34

ライト位置でスターティングメンバーに指定された月野木はプレッシャーに潰されそうになっていた。
ロッカールームからサロンへ移動したがただ一点をじっと見つめ、手元の軽食が減らない月野木を見て柳田が「おーい。」と声を掛ける。

「なに、次何考えてんの。」

「あ……いや。本当に投げられるか、怖くて。不安で。」

「練習の時ふつーに投げてたやん、いけるいける。
…いやあ。でもほんまに良かった、辞めるとか言い出さんで。」

彼はパンをよく動く口に詰め込みながら話す。
フガフガと何を言っているかいまいち聞き取れないながらも、月野木は困った様に苦笑いを浮かべた。

「本当は、どれだけ引き止められても辞めようと思っていました。」

漸く軽食に手を付け、小さな口に運び始める。
何度か咀嚼して、「うま。」なんて呟いて手が止まらない。

「まじか。」

「僕、中学までは確かに外野手でやってたんですけど、高校から今まで投手で。それからずっと投手として成績を残す事に執着してて。」

「お前執拗いもんな。」

「…投手としてやりたかった。野手になってマウンドで投げる投手を見るくらいなら、辞めて野球から離れたかった。…本当は、今も辞めたい。」

目の前の軽食を食べ進めながら、月野木は話し続ける。
瞳は何を捉えているか分からず、隣に腰掛けていた柳田は眉をひそめて不安げに彼の事を見つめる。

知らない間にパッと消えそうな月野木に手を伸ばし、存在を確認する様に手の甲で温かい頬をそっと撫でる。
辞めないでくれと言わんばかりに触れてくる彼を一瞥し、「なんですか。」と呆れた様に笑って視線を外した。

「……お前、都合いいように使われて嫌やないん。なんにでもホイホイ首縦に振って、嫌な事も引き受けて。
長い時間掛けても、投げられるようにリハビリしたら良かったやん。」

その通りでしかない彼の言葉に、月野木は何も返事をしなかった。
柔らかい髪をかきあげて後ろへと流し、最後のひと口を口に運んで食べ終わる。

「……嫌われない様にするには、なんでも聞くしかない。周東さん達みたいに僕の事が好きだって言ってくれるコーチは少ない。これからは仕事だって割り切って、上の人間の言う事を聞くのが1番いいと思うんです。」

トレイを持ち立ち上がる。食器を返却するとまたも彼の隣に腰掛けた。彼が食べ終わるまで待つつもりなのだろう。

「操り人形やな。」

「本当に、その通りだと思います。」

寂しい声は煩いサロンに消えていった。