操り人形 (ページ30)

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丁度周囲の騒音が全て静まり返った際に声を荒らげた為か、甲斐野の声はドーム内によく響いた。
優しく触れていた頬はいつの間にか甲斐野の大きな手で掴まれており、月野木の唇はタコのようにツンと尖っている。

「…お願いやから、辞めんとってほしい。」

笑顔の絶えない彼の表情はなんとも言えない程に寂しげで月野木の心も揺さぶられる。
静寂が流れたドーム内も、またいつもの賑やかさが戻り2人の空間が完成する。

「……僕が野手転向したら、あなたは幻滅しますか。」

「しない。」

「治らなくても、僕の事好きでいてくれるんですか。」

「ずっと好き。」

甲斐野からすると真っ直ぐとした告白だった。
けれど月野木は彼の言葉を聞いて子供のように、にへらと笑い「良かった。」とだけ返事をして彼の手を解き、立ち上がる。

そのまま彼の前から姿を消すようにダグアウト方向へと去っていき、グラウンドに背を向け、一足先に裏へと戻って行った。

「なに怒ってたの。」

呆然としたままの甲斐野の傍に立った板東が、彼をじっと見下ろしながら笑って問いかける。

「あ…いや。色々あって。」

「ふうん。まぁいいや。あまりAを怖がらせないようにね。」

端正な顔をした彼は涙袋をぷっくりと膨らませ、優しく笑いながら甲斐野の頭を指先でツンと触れ、そのまま去って行く。
暖かかった空気は、月野木がいなくなって冷たく寂しい空気に変化し、どことなく不安が残るものになった。

「さむっ。」

皆よりも練習する時間が短い月野木は着替えを終え、纏めていた自身の荷物を持ってドームの外へと出た。
駐車場を強く吹き抜ける風に足を取られながらも、自身の車へと向かう。
後部座席へ荷物を放り、運転席に乗り込もうとした時「月野木くん！」と名前を呼ぶ声が聞こえて顔を上げる。

サイン色紙と油性ペンを手にした女性が月野木の元へと駆けて来て、目の前で立ち止まった。

「サイン、貰えたらって…思って。」

普段はこんな所まで追ってくる人にサインなんて書かないが、この日は珍しく油性ペンを手にして色紙に自身の名を書いていく。

「私、月野木くんが好きで…それで野球にもハマって。」

「うん。」

「……クライマックス、格好良かったです。あんな状況、投げ出したくなるはずなのに…最後まで、頑張って。本当に格好良かった。」

彼女の言葉に、体の芯から温まるような感覚に包まれ、口角が上がる。プレゼントとして受け取った紙袋を抱え、彼女に感謝を伝えた。