操り人形 (ページ24)

今日:31 hit、昨日:22 hit、合計:63,985 hit

24 ページ24

「…たまたま？」

「……。」

月野木の右腕に触れながら、彼は問いかける。
視線を合わせず、何も答えない月野木に、何かを悟った顔をした。

「ど真ん中に構えててください、どこに行っても取れるように…お願いします。」

「…分かった。球種だけ伝えるから、思った所に投げて。」

優しく肩を叩いた甲斐は月野木から離れて行く。
マウンドで1人になった月野木はもう一度ロジンに触れた。手の上で軽く投げた後、土の上へと放る。

白くなった手でキャップに触れ、グラブの中の球を握り締める。

長い足を上げて右腕を振り下ろしたが、またもくんっと右腕が後ろに逸れるように反応し、ゾーンからかなり外れた外角に投げられた。
すぐに立ち上がって後逸せずに済んだが、カウントは悪くなるだけ。

マウンド上の月野木は眉間にシワを寄せ、天井を仰ぐ。
たった2球でドーム内にいた全ての人間が悟る。野次を飛ばしていたビジター席も静まり返ってしまう。

何級投げてもその殆どがボール球だった。
時折ストライクゾーンに入るが、ライト前や内野安打とどれも得点に繋がってしまう。
そのバットの音が余計に月野木を追い込んだ。

アウトカウントは増えないまま、いつの間にか同点となっていた。
あれだけの得点差も意味を成さず、まるで月野木をバカにしているかの様にスコアボードが見下ろしている。

ボールが先行しているカウントに、月野木の呼吸は荒くなる。
やばい、やばいと今までに感じた事の無い焦りが足先から頭のてっぺんまでを駆け巡る。
替えの投手はもう居ない、マウンドの上で焦りに満ちた表情で右手で自身の頭を抱える。

そんな月野木の元へコーチや内野手が駆け寄っていく。

斉藤が彼の肩を抱くと、目の周りを真っ赤にさせて今にも泣きそうな程瞳を潤ませていた。

「ごめんな、ごめん。しんどいやろうけど頑張って。」

キャップを抜いで汗を拭う月野木の頭を撫でる。
川瀬や今宮は月野木の肩や背中に触れ、周東は月野木の指に自身の指を絡めて握っていた。中村は黙ったまま、俯き加減の彼の事を見つめる。

皆がマウンドから離れ、視界が開ける。
ドーム全体から月野木に対する大きな拍手が送られた。まるで背中を押してくれているみたいで、カメラに抜かれる月野木は瞳を潤ませながらも真っ直ぐ前を向いていた。

甲斐はストレートのサインを送り、ど真ん中に構える。
足を上げて大きく右腕を振り被ると、くんくんっ、と2度腕が反応して大暴投をし、そのまま試合は終了した。