操り人形 (ページ23)

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9回の表、ホークスの野手陣は疲労も溜まっている月野木に悠々と投げて欲しいと思い、打線を繋げていく。
3点差だった得点はいつの間にかまた6点差へ。

タオルで冷たい汗が伝う頬を拭いながら、月野木は指の爪の手当てをしてもらっていた。
痛々しく流れる血を止血し、爪を固定させる。少しだけ違和感はあるものの、血を垂れ流しするよりも幾分かマシだろう。

「最後、頑張れ。」

斉藤が月野木の肩を叩く。
無理をさせてしまっている、と申し訳なさがあるのだろう。攻撃の回はあれからまた1得点を上げ、7点差となっていた。

「頑張ります。」

月野木の表情は真っ直ぐと前を向き、笑みは消えていた。
キャップを被り直し、最後にタオルでもう一度汗を脱ぐってダグアウトから足を踏み出す。
ひりつくグラウンドに立つのは、ほんの少し不安を煽ってくる。大きな深呼吸をすると、守備につく為駆け出そうとしていた柳田が足を止めて月野木の背中を強く叩き、何も声を掛けずにライトへ向かう。

キャプテンである彼に強く励まされた様な気がして、ほんの少し口角が上がった。

数十分が経った。
月野木の頭の中には快音が響いていた。連続して安打が出て、ノーアウトのまま試合が進んでいく。
チームメイトが得点を広げてくれていたはずなのに、ゆっくりと縮んでいく。

「A。」

震える右手をじっと見つめる月野木の元へ周東が駆け寄った。

「大丈夫。Aならやれる。」

そう言って冷たい右手をとって優しく握る。
彼の声掛けに少しだけ緊張は解け、右手の震えも治まった。

「好きに投げていいんだよ。」

その言葉と共に周東は守備位置に戻る。
真っ直ぐ見つめる月野木は突き刺すような視線をしていた。まだやれる、そう自分を信じていた。

月野木を押し潰すような応援は鳴り響く。
心を落ち着かせ、赤いランプをひとつ点灯させる為に甲斐が構えたミットへ向かって腕を振り下ろしたが、その右腕がくんっと勝手に動いた。

球威のある月野木の球はキャッチャーミットに届かず、打席よりも随分手前でワンバウンドした。

バッテリーを組む甲斐も背中を護る野手も驚きの表情を浮かべたが、1番驚いていたのは月野木本人だった。
相手球団の打者でさえ、月野木を見つめて不安げにしている。

「…は、はは。」

ドーム内も静まり返ったように思えた。
けれど、ビジター席からは「ちゃんとしろ！」と野次が飛び、月野木の心を焦らせる。
そんな彼の元に、甲斐がマスクを外して向かった。