操り人形 (ページ16)

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曖昧な感情のままいつの間にか3月になっていた。
大谷も合流し、壮行試合や強化試合も行われる。
先発投手だった月野木はリリーフとしての起用となった。月野木本人は先発投手としての役目を果たしたい様だったが、監督が言うのだから仕方が無い。
個人で戦うものじゃない為、チームの状況も考えて首を縦に振るしか無かった。

「こっち来てくれるかと思ったのに。」

隣に腰掛ける大谷が、月野木の髪を掻きあげる様に撫でながら言う。
暖かくて大きな手に片目を瞑りながら大人しくしていた。まるで猫のようだ。

「ダルさんからも似たような事言われました。」

「絶対こっちで大成出来ると思ったのに。」

「大谷さんは＿。」

「呼び捨てで呼んでよ、翔平って。」

月野木の言葉に被せるように彼は口を挟む。
歳が近いと言えど先輩だ。どうしようかと悩んだが子供のような彼を見て「翔平は。」と会話を続けた。

「翔平は、僕が今からでもメジャーに行けると思う？」

大きな瞳で彼の幼い顔を見つめる。
少しだけ弱気な発言に彼はふっと笑いながら月野木の薄い瞼をそっと撫でた。

「行けるよ。僕向こうで待ってるからさ、一緒に野球しよ。」

優しくて柔らかい笑顔に、月野木も自信を取り戻したのか笑顔を浮かべて頷く。
そんな中、宮城と佐々木が月野木を探している声が聞こえて大谷は彼を送り出す。
1人静かになったかと思えば、大谷の頭上から顔を出す人物が1人いた。

「大谷さん、Aの事狙ってるでしょ。」

顔を覗かせた周東は、楽しげに笑いながら問いかける。

「よく分かったね。」

「Aにめちゃくちゃ触るし。因みに、俺らも、きっと…由伸達も、Aの事好きなんで。そう易々と引き渡しませんからね。」

「ふふ、宣戦布告だ。」

お互い笑顔を崩さず、内容は兎も角至って普通の会話を交わすがその根底には強い競争心が灯っていた。
離れた所で宮城と佐々木の2人と投球フォームの確認をしている月野木を見つめる。
長い足をあげて、華奢な腕を振り下ろす様子は目を惹く程綺麗だった。
引っかかる事無く灘らかに流れる様なフォームは波のよう。

「…絶対向こうに連れて行くって、僕は決めてるから。」

「うわ、引き抜こうだなんて。」

「本人はこっちで野球したいらしいしね？」

意地悪に笑う大谷に、周東は怪訝そうな顔を浮かべる。
それを見て笑い、立ち上がって彼は練習へと戻った。
その背中を見つめ、周東は無意識に下唇を強く噛んでいた。