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車間が10m内に入り、志摩さんのスマホから音声が聞こえてきた。
話しているのは若い男性、おそらく加々見。今は落ち着いているのか声を荒げている様子はない。
私たちは黙って彼の声に耳を傾けた。


『…親父は僕が何をしても気に入らないんです。
 親父の言うとおりにしないと、認めてもらえなかった。自分が全て正しくて、反対する人間は全て間違ってる。
 親父はそういう人です。
 だから高校卒業してすぐ家を出て、東京に出たんですけど頭ないから、暫くは日雇いで……

 ネットカフェに寝泊まりして、半年くらい経った頃、偶然岸に合ったんです。
 岸は僕の中学の同級生で事情話したら
 ”じゃあ、うちの会社こいよ”
 って紹介してくれたんです。
 それで漸く月給貰えて、アパートにも住めて、有給まで貰えるようになって…
 やっと人間らしい暮らしが出来るようになりました。岸は、僕の恩人です。』


「良い奴じゃん」


情が移ったのか、さっきまで犯人だ犯人だと騒いでいた伊吹さんは頬が緩んでいた。


『皆パワハラの被害にあってて、あんまり酷いから岸が怒って専務を殴ったんです』
『殴っていいわよ、そんなの…』
「そりゃ殴りたくもなるわ」

『でもそれで岸はクビになっちゃって』

「上司殴ったらなるな」
「いや、殴ってクビになるなら俺を殴った志摩もクビじゃないとおかしい」

「…この夫婦、本当に人質か?」


志摩さんは伊吹さんの発言を聞かないフリして話を逸らした。
でも、確かに志摩さんの言う通りで、加々見の声も穏やかだし脅しているような感じは見受けられない。田辺さん達も加々見の言うことに共感している。
今の会話を聞いてるだけでは人質に聞こえない。



『それで、岸くんが専務さんを?』

『………天珠だって、
 あいつは殺されても仕方のない人間だって、岸が…』


突然音が遮られる。距離が10mを超えてしまったようだ。


「あっ!!油断した。」

「距離ー!」
「分かってるよ。ま、今の聞いたよな。加々見は犯人じゃない」
「ならどうして逃げるんだ」
「自分の無実を証明するために決まってんだろ。」


納得のいかない志摩さんに「いやさ、考えても見ろって!」と話を続ける。


「朝会社来て上司が死んでたらビビるだろ?そこへ他の奴が来て自分が犯人だと思われる。そりゃあさ、慌てて逃げたくなるだろ?」

「いや、まず通報しますよね」

「自分が来たときには既に死んでいましたって正直に言えば済む話だろ。」


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作者名:古町小町 | 作成日時:2020年10月12日 0時

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