コウモリ傘【灰谷竜胆】 (ページ39)

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【地固め】ページ39

荷物を置いて、そのまま連れ出された私は竜胆さんとご飯に来ていた。やって来たのは偉い人が接待なんかで使ってそうな和個室の料亭。

目の前には、黒漆塗りのお椀にお吸い物、竹作りのかごにきつね色の衣を纏った山菜のてんぷら。どこかの高そうな焼き物の茶碗に、つやつや粒立ちのご飯。台の真ん中には、宝船を模した木舟に乗せられた鯛のお造りと「幸です！」と言わんばかりに周りに盛られた魚の刺し身達がキラキラと光っていた。

「灰谷様、本日はご来店ありがとうございます。どうぞ心ゆくまでお食事をお楽しみくだかいませ」

床に手をついて頭を下げた女性はすごく上品で、女将の威厳が漂っている。

「何かあったら呼ぶから、気ィ回さないでいい」

「かしこまりました。ご用の際は何なりとお申し付けくださいませ」

立ち上がって背を見せずに下がった女性は、すそそ、と襖を閉めて出て行ってしまった。室内に二人、台を挟んで向かい合う。

「これは」

「メシ」

当たり前の答えは、そうだけどそうじゃない。
「食わねぇの？」とじっとこちらを見る竜胆さんに追い立てられるように、お吸い物のお椀に手を伸ばした。

「ウマい？」

「ん、おいしいです……」

透き通ったすまし汁の優しいぬくもりが、喉を通って体に染みていった。けれど正直、味なんてわからない。

満足気に目を細めてこちらを見る竜胆さんと、慣れない空間に足は正座のまま。背は定規が入っているんじゃないかと言うほど真っ直ぐに伸びている。面接を受けている気分。こんなガチガチで味なんてわかるわけがない。

「言えば鯛茶漬けにもできっから。ここの茶漬けのダシ、最高なんだぜ」

ニッと笑う顔には、裏表のない純粋さがあった。き、気まずい……。

向けられる眼差しが気まずくて、視線を落としてお造られた鯛と見つめ合う。「なんやわれ」とでも言いたそうな目。これはこれで気まずいのですぐにやめた。