【完結】淡く柔い鎖 (ページ23)

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……もうだめだ、って、思った。松村くんの声色はすごく固くて、いつか…初めて話しかけたときのことを思い出す。

近づくな、って言われてるような。
…そんな、声色。

なにか言わなきゃ、って思うけれど、何も言葉にすることができなかった。はく、はく、って空気だけが漏れていくそれは、話し方を忘れてしまった人形みたいだった。

忙しなく、視線だけが動く。

…無言は、肯定だ。

「……マジか」

す、と松村くんが顔を背けた。そうしてひとつ、深く息を吐く。…何を、言われてしまうだろうと、体が強張る。

「……ごめん、俺もちょっと、トイレ行ってくる」

ガタ、と椅子を引く音が聞こえて、彼が席を立った。カバンも、全て持って。

……松村くんは私に、何も言わなかった。

呆然と、消えていく後ろ姿を見つめる。
青くゆれる光の中、ひとり取り残されたテーブル。置かれたままの飲みかけのカップだけが、そこに松村くんがいたという証拠だった。

息を吸ったら、ひゅう、って喉が変な音を立てた。

それが合図だったみたいに、ガタ、と立ち上がる。

……いなくならなくちゃ、って思った。
私さえいなくなれば、松村くんも安心して、あのふたりといられる。

自分の荷物を掴んで、その場から離れる。

最初から、あの子に言われたときから、何が何でも離れておくべきだったんだ。結局こうやって、松村くんの気持ちを裏切ることになってしまうなら。

── 視界が、ゆれる。

前がよく見えないまま、うつむきながら人の間を縫うのは難しくて、何度かぶつかりかけては「すいません」って謝り続けた。
普通のお客さんか、生徒なのかもわからないままそのまま通り過ぎて。ようやく外の明るさが見える。

ほっとして息を吐こうとしたら、しゃくり上げるみたいな声が漏れた。

…あ、まずいって思った瞬間に、
涙が一筋流れて、止まらなくなった。

泣いてる、なんてバレたくなくて、急いで出口に足を向ける。そうしたら、不意に後ろから「Aさん？」って、名前を呼ばれた気がした。

一瞬だけ、無意識に体が止まって。けれどそんなことには構っていられなかったから、そのまま進もうとして……それでも。ぎゅう、と手首を掴まれてしまえば、立ち止まるしかない。

「Aさん」
「……」
「ひとり？」

うつむいたままの私を不審がって彼は、……森本くんは、下から顔を覗き込んだ。そうして、ぎょっとした。