昼間の来訪者、招かれざる夕方の客 ページ47
ずぞぞぞぞ、ずずっ
ずず、ずずずっ
「……おかわりありますか」
「ありますあります。ちょっと待ってくださいね」
「かき揚げは」
「あー……っと、あっためるんで待っててください」
居間と台所の距離が近くてよかったと心底思った。担当編集は細身ながらよく食べる。本人曰く「原稿を読むとエネルギーを消費する」とのことだが、それにしたって三人前は食べ過ぎでは無いだろうか。
だからといって膳は下げなかった。空腹に喘ぐ幼少期を経験した清水は、田舎のおばあちゃん特有の『お腹いっぱい食べなさい』を無意識に繰り出す男だった。以前鹿嶋と連れ立った別の編集者に提供すれば、「先生ちょっと勘弁してください」と悲壮な顔で言われた。清水も悲しげだった。
茹でた素麺に卵つゆ、トースターで温め直したかき揚げを出せば瞬く間に消えていく。よい食べっぷりを見ると嬉しくなるものだ。料理人はいつもこんな気持ちなのだろうか。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした。どうでした？」
「とても美味かったです。腕を上げられましたね」
「やった」
膳を片した後は、原稿の詰めだ。ここの表現は分かりやすく、このシーンは削るべきでは、などの打ち合わせを重ねて精度を高めていく。
この鹿嶋は担当編集であると同時に岡都々喜という作家の一番のファンであるので、容赦は無い。かといって、創造者も手は抜かない。互いの試行錯誤、意見の殴り合いをもって世に作品は出されるのだ。
この男でよかった、と心の底から思った。清水自身、岡都々喜としての才能があることを自覚している。しかし天狗になることはない。果てなき創作の荒野を突き進むのみだ。
そのためにネタを仕入れ、資料を集め、語彙力を学び、創造の種を筆から紡ぎだす。
それが岡都々喜の、岡都々喜として生を受けた者の使命であり歓喜であって、そして生涯であると思っている。
ある程度の詰めが終わり、紅が沈む江戸へまた一人の影が差す。
「それでは、また後日連絡致します」
「はい。今日は色々ありがとうございました」
「こちらこそ。昼食、ご馳走様でした」
「では」
「ええ」
ふらりと鼠色の着物が揺れる。傾いた日が男の輪郭を鮮明に浮かべる。
しばし背を見つめ、玄関扉を閉めた。かちり、と鍵をかける。
上がり框に足をかけ、動きが止まる。気配があった。自分以外の。
隻眼の獣ではない。万事屋の昔馴染みでも、攘夷志士の彼でもない。
今日はお客さんが多いな、と肩を竦めた。
飛び道具はいざというときにいくつも持っておけ→←眼鏡の小説家、眼鏡の担当編集
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うす - 更新ありがとうございます…！この作品が大好きです応援してます！ (9月19日 22時) (
レス) @page50 id: d6b5e366a4 (このIDを非表示/違反報告)
oyz031(プロフ) - とても面白く、興味深いお話で続きが気になります。応援しています (8月30日 0時) (レス) @page49 id: 7ddb3de917 (このIDを非表示/違反報告)
きのこ - いつまでも更新お待ちしております、！ (5月21日 18時) (レス) id: c35eeb83bd (このIDを非表示/違反報告)
レイ(プロフ) - 最近めちゃくちゃ更新されてますね！すごく楽しみにしてるので嬉しいです！無理のない範囲でこれからもお願いします！ (2023年4月22日 20時) (レス) id: 19052b8914 (このIDを非表示/違反報告)
モブ - ものすごくこの小説が大好きです！次の話に進むたびドキドキしてしまいます...!!! (2023年3月24日 2時) (レス) id: 24c7afdf4d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：pillow | 作者ホームページ：
作成日時：2021年3月1日 15時
