1/2222-5 ページ26
「どうして、僕にそのことを？」
個性が消えた、と何事も無いようにするりと言い放たれた言葉の意味を理解するまでに3拍は掛かった。後天的に個性が勝手に消滅するなんてことは聞いたことがないし、喩語さんがそんな状況にあるなんて想像もつかない。目の前で目を伏せてアイスティーを飲む彼女に投げかけたのは、自分で無意識に紡いだ言葉だった。
「……ま、そうなるか」
ふむ、と口元に人差し指を置いて考える素振りを見せる彼女はどこか上の空だった。いや、上の空というよりは答えを言う気が無いような、そんな雰囲気だ。きっと、この状態の彼女に何を言ってもはぐらかされてしまうだろうと直感する。
「ああ、そんなことより緑谷は寮、どうするつもり？」
全く以て“そんなこと”ではない。それなのに喩語さんはウェイトレスがさっさと空になった皿を片付けるように話題を変えていた。これもきっと、突っ込んでも無駄なのだろう。
「僕は、寮に入れる……はず」
「へえ、それはよかった。って言っていいやつかな」
「うん、そうだね」
「喩語さんは」
聞き返せば彼女は氷をストローでつつきながら「決まった」とだけ返した。目覚めるのが遅く、比較的重傷だったせいで両親への説得が大変だったのだろうか。
「じゃあ、次会うのは入寮の時なんだね」
「夏休み、ほぼ無いようなものだったな」
小さく息を吐く彼女の瞳は、溶けてしまった氷でもなく、僕でもなく、僕の後ろの窓から見える遥か彼方を眺めているようだった。僕は時折目にするこの喩語さんの瞳にこの世のものとは思えないような底知れない何かを感じていた。不安感とも違う、彼女との決して触れ合うことの無い琴線を感じるのだ。同い年の筈なのに、根本的に見ているものが違うような気持ちはある種恐ろしかった。
「もう少し話そうと思ってたんだけれど、今少しごたごたしててそろそろ帰らなきゃ」
珍しくバツの悪そうな顔をする彼女をつい見つめてしまった。すぐに顔ごと目を逸らして返事をする。思ったより長い時間話していたみたいで、窓から見た空の雲は橙色をしていた。
「緑谷、今日はありがとう」
「いや、いいよ！ こっちこそなんかごめん」
自分なんかと話して彼女の為になったのだろうか。そんな意味で発した言葉に彼女は苦笑し、じゃあさよならと言って僕に背を向けた。
入寮の日、集合時間になっても彼女は来なかった。
「喩語だが、夏休み付けで退学になった」
もっと、聞いておけば。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 2554人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「ヒロアカ」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ぱ - とても素敵な作品でした。ありがとうございます。 (2022年9月16日 2時) (
レス) @page45 id: 6da9fb2143 (このIDを非表示/違反報告)
むーとろとん(プロフ) - とっても作り込まれた作品だなと感じました。なんでこんなに引き込まれるんだろうと考えてみたのですが、言葉を表すのに迷ってしまい…なのでもう一度ある程度頭の働く大人になってから読ませて頂こうと思います。本当に素敵な小説を書いて頂きありがとうございました。 (2022年8月24日 7時) (レス) id: bd653a9204 (このIDを非表示/違反報告)
きゃーぽん(プロフ) - すごく面白くて一気に読んでしまいました、出会わせてくれてありがとうございます。 (2021年8月17日 5時) (レス) id: 0aee990b2e (このIDを非表示/違反報告)
赤の黒犬 - 個性も見た事無いものな上、それを上手く回るヒロアカの世界、表現の1つ1つが綺麗だし、行動原理や性格まで納得出来るものでした。作者様が相当頭が良いのか、文章の作りも丁寧でしたし。夢主のキャラも好きです。良い作品をありがとうございました。 (2021年8月11日 20時) (レス) id: 514ce3668f (このIDを非表示/違反報告)
キュートでふつくしい雑草(プロフ) - 最後にこれだけ言わせてください。文法うんこですみません。長文失礼しました、この作品を残してくれてありがとうございます。 (2021年4月22日 15時) (レス) id: cef41b24b7 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：廿楽
| 作成日時：2017年8月30日 16時
