一夜の夢を燻らせ ページ8
煌めく夜の鹿鳴館。
あまり不躾にならぬよう配慮されてはいるものの、好奇の視線が1点に注がれているのは目に見えて明らかである。
「身に余るお言葉です。煉獄さま。ですが、私どもの一存では決めることができないことは、聡明な貴方にも分かるはずです」
やっとの思いでフリーズ状態から復活したAは、淡々と言葉を返していく。
「わかっているとも。だが、煉獄家が縁談を持ちかけたのならば、貴女は断れない」
「えぇ、そうでしょうね」
家柄とは面倒なものである。
思わずAは静かに目を伏せた。
そんな彼女を見た煉獄は跪き、またあの罪深い微笑を浮かべる。
「貴女にそんな顔をさせたい訳では無いんだ」
煉獄は、Aの手をそっと取り
「今夜は一旦身を引きます。その代わり、私と1曲踊って頂きたい」
優しく口を付けた。
手袋越しでも、伝わる柔らかな感触にぼっと顔に熱が集まる。白い肌はわかりやすく薔薇色に染め上がった。
「それくらいは許しては貰えないだろうか」
「は、はい。喜んで……」
はく、はく、と息を震わせた後に、やっとの思いで絞り出した声もまた、震えていた。
華族令嬢であり、当然身内以外の異性と関わり合いを持ってこなかったAには、何もかもが初めての事である。
彼女の脳処理が追いつかないのも無理は無い。
その返答を受けた煉獄は、ぱぁっと年相応の少年の笑顔を浮かべると
「ありがとう!!」
先程とは打って変わって溌剌した声でそう告げたのだった。
良かった、良かった。と喜ぶ彼にエスコートされ歩き出すも、頬の熱は冷めそうにない。
「時に藤咲嬢、私のことを『煉獄君』と呼んでみては貰えないだろうか」
「?……わかりました。煉獄君、如何でしょう」
耳に残る声とは瓜二つなのだが、あの胸をせり上げる不思議な感覚は無かった。
「特に深い意味は無いのだがな!」
「はぁ、そうですか」
何がしたいのだこの方は。
内心頭を抱えるAには同情を禁じ得ない。
その傍らで煉獄は不思議そうに顔を傾けた。
それもそうだろう。
記憶の彼女は確かな親愛を築いて生まれた声音なのだから
知り合って間も無い彼女から、どうして同じ声音が聞けようか。
演奏が始まるも、Aは改めて彼を意識してしまい、集中できそうにもない。
それが伝わったのだろう。
「先の話は1度忘れてもいい」
「ただ、どうかこの時だけは私を貴女のただ1人にして欲しい」
尚更無理である。
これで意識しない方が難しい。
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作者名:ひよこまめ | 作成日時:2019年12月10日 19時