異能力を使いすぎたお兄ちゃんの話

04 ページ5

*

『桜並木ってこんなに綺麗なのね』

「あァ」

今までは仕事ばかりで落ち着いて桜を見る暇なんてなかったな、と考えながらも、時折兄の穏やかな顔を見つめては安心して歩を進める。散り行く花に降られて少しだけ擽ったかった。

兄の身体で一番最初に動かなくなったのは足だった。戦闘の基盤としてしっかりと鍛え上げられていた足腰も、今では元々の体格も相まって薄く華奢な腰になっている。

家の中くらいなら多少動けはするが、やはり外出するには筋肉が落ち過ぎているから車椅子。本人立っての希望でリハビリは欠かさずやっているけども成果はあまり見られていなかった。

桜の雨が肩を打つ中、元気に走り回る子供を見て、彼はなにを思っているのだろうか。

『兄さん...』

両サイドのブレーキをロックして兄の前にしゃがみ込む。春を感じるその表情は慈愛に満ちていて、私の心を抉るには充分すぎるほどだった。桃色に彩られた世界に夕焼け色の柔らかい髪が揺れるのは大層美しい。この美しい世界に中原中也の心など在りはしなかった。

死んだのだ、中原中也は。

ポートマフィアとして生き、ポートマフィアとして死ぬことを誰よりも望み誇りとした男は、とうに消えている。ここで桜を見上げるのは、育ての組織に、己の命を捧げた組織に迷惑をかけぬよう身を引いたただの男である。

そして、彼は泣かなかった。たったの一度も涙を見せなかった。

それは性格もあるのかもしれない。だがなにより思考を占めているのは、
“泣けば負けてしまう”という兄なりの意地なのだと確信していた。

泣けば認めてしまうことになるから。我が身は黒の中でしか成り立たず、諦めてしまった今、生に無頓着になっているのを自覚してしまうから。兄の大嫌いな元相棒のように。

すべてわかっているけれど、私はなにを言うでもない。

妹として貴方に寄り添うと決めた日から。私は貴方だけのもの。

『そうだわ。ねぇ聞いて、今日はこれからマフィアの本部に行きましょう。森さんや紅葉の姐様に挨拶して、梶井さんや広津さんにも会いましょう。芥川さんや立原くんも喜ぶわ』

提案を聞いて、彼は嫌そうに眉を顰める。

「引退したばっかでもう顔出しにいくのかよ、あまり気は乗らねェな。第一彼奴等もそんなに暇じゃねぇだろう。いきなり訪ねても迷惑なだけだ」

『そうかしら。姐様なんて毎日近況報告を求めてくる有様よ？』

マジかよとため息を吐く兄に一つ微笑み、軽い足取りで目的の地へと向かい始めた。

05→←03

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す