兄と私 2 ページ36
「Aちゃん、久々に、ご飯作ってよ」
少し間を置いて、太宰が突拍子もなく言った。
『作ったことなんて一度もありませんよ』
ふてぶてしく放ちながらその顔を見下ろすと、笑っているような泣いているようなはたまた苦しんでいるような、なんとも形容し難い不思議な表情をしていた。
普段なら癖のある髪の毛が水に濡れて元気を失い、力なく肌にぺたりと張り付いている。もちろんのこと包帯も湿っていて纒わり付く様が気持ち悪そうだと思った。
「...そう、だね。私は君に食事を出してもらうどころか共にしたことすらない。どちらも、君の兄との記憶だ。彼の男は口では私を嫌いだと宣いながらも、いつも何かしらに理由を付けては、私の世話を焼いていた。そういう性質の人間だから仕方が無いのだろうが存外おかしな気分だった」
夕闇の中にぽつりと輝く一番星が馬鹿にしたように私たちを見下ろしていた。太宰はそれと目を合わせて、逸らして、少し睨んで目を伏せた。私は、ただ黙ってその光景を見つめる。
「ねぇ、ご飯、作ってよ」
念を押すように繰り返す彼に私は言葉を返さない。
その代わりにすくりと立ち上がって、後ろも振り返らず足を踏み出した。後ろからもざりっと地面を擦るような音が聞こえて、不意にべちょりとしたものが肩に掛けられた。どこか少し柑橘系の甘い香りがする。
「女性は体を冷やしてはいけないからね。とりあえずセーフハウスまでは、私の外套を着ていなよ」
重く湿った外套はなんら意味を成してはいなかったし、芝生に仰向けに寝転がっていたおかげで泥や草でどろりと汚れている。気遣っているのかいないのか、おそらく後者だろうが私は一言、青臭いとだけ告げてまた歩みを始めた。
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眠夢_(プロフ) - 泣いた……文才の神ですか……苗代さんのシリーズ見させてもらってます……本当にどれも素敵な作品で度々泣かされます…本当に心から応援しています。 悔やむとしたら、私がもっと早く文ストを見ていたら良かったのですが…今、完結した姿で作品を見れてとても幸せです (2021年3月23日 0時) (レス) id: 7e61cd56ff (このIDを非表示/違反報告)
苗代(プロフ) - 乱歩君大好き人間さん» コメントありがとうございます。どういう意味合いで泣いてしまわれたのかはわかりませんが、心を動かすことはかなったということですね。何よりです。 (2018年9月29日 7時) (レス) id: 4044429dac (このIDを非表示/違反報告)
乱歩君大好き人間(プロフ) - え…中也…ああー……おー…これは泣くわ (2018年9月29日 1時) (レス) id: 890e7ee745 (このIDを非表示/違反報告)
苗代(プロフ) - 睦月さん» 展開は自分でも最後まで公開すべきか悩みました。亡くなる設定は作品連載当初から決まっていたのですが、濁すかはっきりと書くかは本当に悩んで今に至っています。ですが読者の方に感謝されるということは公開してよかったのですね。こちらこそありがとうございます。 (2018年9月28日 23時) (レス) id: 4044429dac (このIDを非表示/違反報告)
苗代(プロフ) - 櫻間さん» コメントありがとうございます。たくさんのお褒めの言葉が心に沁みます、とても嬉しいです。是非何度も読み返してください。何度でも前進し続ける彼らを見届け、未来を想像してほしいと思います。こちらこそ、読んで下さりありがとうございました。 (2018年9月28日 23時) (レス) id: 4044429dac (このIDを非表示/違反報告)
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