中原中也の誘拐8 ページ32
人目を避けるように、誰にも見つからないように。声を潜めて簡素な言葉を淡々と交わす様子はそう捉えられてもおかしくはないほどに静かなやり取りで。
「手紙、受け取らないのかい」
手中に収まった封筒を暫く見つめるだけの私に痺れを切らしたのか、太宰が声をかけてくる。どうにか面を上げて不器用に微笑んでから頂戴しますと両手を差しだした。
中から丁寧に折り畳まれた便箋を取り出す。広げてみればそれは、一枚だけの短いもので。
背を向けて、覚悟を決めるよう深呼吸すると、端の文字から目を通し始めた。
__Aへ。
これを読んでるってことは多分、もう俺が死んで一年が経ったってことだろう。
青鯖が約束を守っていたらの話だがな。
まずは、謝らせてくれ。お前が望むように長く生きてやれなくて本当にすまない。
賢いAのことだから、何故俺が異能に侵されていたのかも、いつからそれが始まったのかも、ひた隠しにしていたのかもわかっているはずだ。きっと、自分を大切にしないなんてと怒っていると思う。それでもお前は優しい妹だから、敢て口を挟まなかったと知っているよ。
それから、お礼も言わなきゃならないな。
心配ばかりかけて、苦労をかけて。もしかするとあまり良い兄ではなかったかもしれない。
それでも最期まで着いてきてくれたこと、本当に感謝してる。ありがとう。
精一杯足掻いた結果だから、俺自身の人生にあまり悔いは残っていないが。
一つだけの心残りがあるとするならお前のことだと思った。
たった一人で生きることを強いてしまったのだけは、申し訳ないとも思うし、
なによりも傍に居てやれない事実を俺が寂しく感じてる。
でもな、A。
お前には助けてくれる奴がいるって、思い出したんだ。
不安になれば慰め、支えてくれる奴らがいるって。
その立場が、俺から、そいつらに代わるだけだよ。席を譲ってやるだけの話だ。
だから焦らずに自分らしく生きればいい。
ゆっくりでいいんだ、それがお前のペースなら。少しずつ前を向いて生きていけばいい。
優しいお前ならきっとすぐにでも、そっちの世界に溶け込めるから。
頑張れ。
それから最後に。しっかり者で我慢強い妹に、兄貴は伝えなきゃならないことがある。
“もう、泣いていいぞ。”___
ぽろりと一粒涙が落ちて、紙の端に染みを作る。短い文章に詰められた思いは酸素のように私の体内へと流れてくる。ようやく咀嚼した言葉の一つ一つがなによりも愛おしく思えた。
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眠夢_(プロフ) - 泣いた……文才の神ですか……苗代さんのシリーズ見させてもらってます……本当にどれも素敵な作品で度々泣かされます…本当に心から応援しています。 悔やむとしたら、私がもっと早く文ストを見ていたら良かったのですが…今、完結した姿で作品を見れてとても幸せです (2021年3月23日 0時) (レス) id: 7e61cd56ff (このIDを非表示/違反報告)
苗代(プロフ) - 乱歩君大好き人間さん» コメントありがとうございます。どういう意味合いで泣いてしまわれたのかはわかりませんが、心を動かすことはかなったということですね。何よりです。 (2018年9月29日 7時) (レス) id: 4044429dac (このIDを非表示/違反報告)
乱歩君大好き人間(プロフ) - え…中也…ああー……おー…これは泣くわ (2018年9月29日 1時) (レス) id: 890e7ee745 (このIDを非表示/違反報告)
苗代(プロフ) - 睦月さん» 展開は自分でも最後まで公開すべきか悩みました。亡くなる設定は作品連載当初から決まっていたのですが、濁すかはっきりと書くかは本当に悩んで今に至っています。ですが読者の方に感謝されるということは公開してよかったのですね。こちらこそありがとうございます。 (2018年9月28日 23時) (レス) id: 4044429dac (このIDを非表示/違反報告)
苗代(プロフ) - 櫻間さん» コメントありがとうございます。たくさんのお褒めの言葉が心に沁みます、とても嬉しいです。是非何度も読み返してください。何度でも前進し続ける彼らを見届け、未来を想像してほしいと思います。こちらこそ、読んで下さりありがとうございました。 (2018年9月28日 23時) (レス) id: 4044429dac (このIDを非表示/違反報告)
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