中原中也の誘拐 ページ25
「ん...」
ゆっくりと瞼を上げると、そこに広がっていたのは見慣れない部屋。必要最低限の物しか揃っておらず、嫌にどんよりとしていて、違和感があったのは窓がなく光が差さないからだった。
特に拘束などされている様子はない。が、今の身体で扉に向かうのは骨が折れそうだ。
確か俺の記憶は、病室の寝台で本を読んでるときに気配を感じたその瞬間から途切れている。大方誘拐などの類だろうが監視も拘束もないのは明らかに不自然だ。俺を拐かすモノ好きなど、恨みを持った敵組織か、はたまた考え得るなかで最も性質の悪い人物か。
まあ、もう確信しているも同然なのだが。
「やあ、中也。ようやくお目覚めのようだね? 気分はどうだい」
「やっぱり手前か。ああ、最悪の気分だよ糞鯖野郎」
いつもの砂色の外套を脱いでベスト姿になった太宰が、にこにことしながら入室してくる。その奥にはご丁寧に俺の車椅子まで攫われてきており、何処までも周到な奴だと溜息が出た。
部屋を見渡したところ探偵社の社員寮なるものではなさそうだ。あのオンボロよりは少しほど敷居が高いというか、どことなく品が感じられる作りになっている。正確に当てることはできないけれど、おそらく高層階のはずだ。
「それにしても随分と悪趣味だなァ、太宰。身体を悪くして入院してる元相棒様を気絶させて無理やり誘拐とは。手前にしては大胆な手段をとったもんだぜ。...なにが目的だ」
きりと目を吊り上げると、いつもの飄々とした態度を一変させて真面目な顔付きになる。
「君と、話がしたいだけだよ。積もる話もあるだろう」
「俺にはねェよ」
外を自由に歩くことは叶わなくとも、車椅子まで辿り着くことが出来ればどうにかなる。冷たい床に足をつけて力を込めて立ち上がる。が、ふらふらと覚束ない足取りで、壁に手をつくのがやっとだった。自分が情けなくて仕方がない。
壁伝いになんとか扉に近づいて行くと、行く手を阻むようにドンと壁に手が置かれる。
壁に沿って歩くのが精一杯である今の俺には太宰を避けて進む気力はない。
「邪魔だ青鯖、退きやがれ」
「あのね、脳筋蛞蝓くん。今の状況わかってる? 」
「ああァ!?」
「ただ感情のままにこの部屋を出ようとしているようだけど、考えてもみなよ。君には圧倒的に情報が足りていない。つまり現状は私の手の中。私の一挙手一投足によって如何様にもなる」
押し黙る俺を見て太宰は呆れたように、大人しくしてろ、と一言そう言ったのだった。
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眠夢_(プロフ) - 泣いた……文才の神ですか……苗代さんのシリーズ見させてもらってます……本当にどれも素敵な作品で度々泣かされます…本当に心から応援しています。 悔やむとしたら、私がもっと早く文ストを見ていたら良かったのですが…今、完結した姿で作品を見れてとても幸せです (2021年3月23日 0時) (レス) id: 7e61cd56ff (このIDを非表示/違反報告)
苗代(プロフ) - 乱歩君大好き人間さん» コメントありがとうございます。どういう意味合いで泣いてしまわれたのかはわかりませんが、心を動かすことはかなったということですね。何よりです。 (2018年9月29日 7時) (レス) id: 4044429dac (このIDを非表示/違反報告)
乱歩君大好き人間(プロフ) - え…中也…ああー……おー…これは泣くわ (2018年9月29日 1時) (レス) id: 890e7ee745 (このIDを非表示/違反報告)
苗代(プロフ) - 睦月さん» 展開は自分でも最後まで公開すべきか悩みました。亡くなる設定は作品連載当初から決まっていたのですが、濁すかはっきりと書くかは本当に悩んで今に至っています。ですが読者の方に感謝されるということは公開してよかったのですね。こちらこそありがとうございます。 (2018年9月28日 23時) (レス) id: 4044429dac (このIDを非表示/違反報告)
苗代(プロフ) - 櫻間さん» コメントありがとうございます。たくさんのお褒めの言葉が心に沁みます、とても嬉しいです。是非何度も読み返してください。何度でも前進し続ける彼らを見届け、未来を想像してほしいと思います。こちらこそ、読んで下さりありがとうございました。 (2018年9月28日 23時) (レス) id: 4044429dac (このIDを非表示/違反報告)
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