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最終話 ページ22

「なあ、手前言ってたよな。自分で解決するから手を出すなと、俺に合図したって」

考え事をしていた。私の記憶の中に住み着き戦場を駆ける逞しい兄と、目の前で寝台に腰掛ける細身の兄とを重ね合わせて、その違いを痛感していた。だから声をかけられたとき、驚きで息が詰まりそうだったのだ。

「実はあれ、気付かなかったんだ。正確には見えなかった。この意味がわかるな?」

『また、視力が落ちていた...?』

こくりと頷く彼に目眩すら覚える。兄であることに変わりはないのに、この喪失感は一体。
上手く言葉が出ない私など置き去りに男は真剣な表情で続きを語る。

まるで、一言一句とて聞き漏らすなとでも言うように。

「視力だけじゃねェ。目覚めてから、足どころか手も思うように動かせない。感覚も少しずつだが薄れているような気がするし、今まで以上に身体に倦怠感が付きまとって、瞼だって重いンだ。俺が俺でなくなっていく。記憶と心しか此処にはもう残ってない」

片手で握ったり開いたりを繰り返しているけれど、彼には本当に感覚がないようだった。ぐっと握り拳を作れば掌に爪が食い込む。痕が残るくらい力強いはずなのに、痛みに顔を歪めることはない。それがどれほど残酷なことなのか、思い知って唇を噛み締めた。

「きっと俺はそのうち、中原中也でもなくなる」

『...れ、う』

「あ?」

『それは違う!』

そう言って繋いでいる手にぎゅっと力を込めてしまったから慌てて離したけれど、
やはり彼は、心底不思議そうに首を傾げるだけだ。

すうっと息を吸って懇願するように吐いた。

『目が見えなくなっても、足が動かなくなっても、例えば頭が吹き飛んだって。此処に貴方の心があるのなら、それは私の兄さん...中原中也に間違いないわ。絶対に、間違いないから』

目を見開く男に、私は笑って続ける。

『もしも此処に貴方の身体が綺麗に残っていて、素晴らしいまでの戦いを披露したって心がなければ兄さんじゃない。そんな風に貴方の心が消えてしまえば。私は、初めてこの手で、人を殺めることになるかもしれない』

身体が動かないのなら、私が代わりに動いてあげる。目が見えないのなら、私が景色を伝えてあげる。少しずつ感覚が薄れるのが怖いなら、私が何度だって思い出させてあげる。

けれどね、貴方の心の代わりは、誰にだって出来はしないのよ。


「ハッ、そりゃあいい。手前の初めてが俺とは光栄だ」

そう言った彼の顔には、いつもの明るい笑顔が咲いていた。

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眠夢_(プロフ) - 泣いた……文才の神ですか……苗代さんのシリーズ見させてもらってます……本当にどれも素敵な作品で度々泣かされます…本当に心から応援しています。 悔やむとしたら、私がもっと早く文ストを見ていたら良かったのですが…今、完結した姿で作品を見れてとても幸せです (2021年3月23日 0時) (レス) id: 7e61cd56ff (このIDを非表示/違反報告)
苗代(プロフ) - 乱歩君大好き人間さん» コメントありがとうございます。どういう意味合いで泣いてしまわれたのかはわかりませんが、心を動かすことはかなったということですね。何よりです。 (2018年9月29日 7時) (レス) id: 4044429dac (このIDを非表示/違反報告)
乱歩君大好き人間(プロフ) - え…中也…ああー……おー…これは泣くわ (2018年9月29日 1時) (レス) id: 890e7ee745 (このIDを非表示/違反報告)
苗代(プロフ) - 睦月さん» 展開は自分でも最後まで公開すべきか悩みました。亡くなる設定は作品連載当初から決まっていたのですが、濁すかはっきりと書くかは本当に悩んで今に至っています。ですが読者の方に感謝されるということは公開してよかったのですね。こちらこそありがとうございます。 (2018年9月28日 23時) (レス) id: 4044429dac (このIDを非表示/違反報告)
苗代(プロフ) - 櫻間さん» コメントありがとうございます。たくさんのお褒めの言葉が心に沁みます、とても嬉しいです。是非何度も読み返してください。何度でも前進し続ける彼らを見届け、未来を想像してほしいと思います。こちらこそ、読んで下さりありがとうございました。 (2018年9月28日 23時) (レス) id: 4044429dac (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:苗代 | 作者ホームページ:http:/  
作成日時:2017年4月8日 2時

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