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軍警の男が雑踏に紛れ消えてしまった後も一向に目を逸らせないでいる私に、呆れたようにため息を付いた兄が、周りに聞こえぬよう声を低くして問う。
「彼奴、気になるか」
『...ええ。とても嫌な予感がする』
ちと癪だが、お前の予感は青鯖の未来予測くれェ当たりやがる。お前の好きにしろよ。彼の声は面倒くさそうに濁されていたようで、けれど何処か清らかに澄んでいるようにも思えた。
その癪という言葉は、やむを得ず元相棒の実力を認めたことに対してなのか。それとも彼の事を思い出してしまって胸糞が悪いということなのか。きっと前者も後者も正しいのだろう。
『追いかけよう』
車椅子の兄を気遣いながらも、迷わず一直線に百貨店の方向へと歩みを進める。
如何したってあの軍警の言動は不可解だった。
彼は何故、人の多いこの場所でたった一人ふらふらと歩いていたのか。踵を返して去って行く時にわざわざ合間を縫うように流れて行ったのことも気になる。そして最大の謎は私たちに声をかけた理由だ。
“近頃この辺りで物騒な輩がなにか企ててるって噂だ。”
一介の組織の人間が、巷の噂話程度で一般人に声をかけたりするだろうか。突然注意喚起をされたところで普通は混乱してしまうだろうし、そもそも根拠があるなら此処ら一帯を閉鎖しているはずだ。どうも現状と一致していないように思える。
この不可解から導き出される答は一つ。彼は軍警ではない。
更に加えるのなら、彼こそが巷で噂の物騒な輩そのものだろう。
『繁華街の中心地である此処で企てることと言えば立て篭もり。その際の人質は多ければ多いほど有効だから、休日を狙ったのも納得できる。私たちに声を掛けたのは、話をすることが目的だったんじゃない。目的は私に触れること。触れることで効力が発揮されるのは...』
「チッ、つまり彼奴は異能者ってわけか。お前も面倒に首を突っ込みたがるなァ」
『仕方ないじゃない。相手の異能がなにかわからない以上、早く解除してもらわなきゃ』
相手の気配に気付かぬ前職マフィアなど、笑い話にもならない。
買い物のついでに男を見つけ出し、異能を解除させて、用が済んだら早く帰ろう。
ポートマフィアを引退したとは言っても私も兄も善人になったわけではない。汚れきった経歴は未だ洗浄されてなどいないし、本物の軍警に目を付けられるのも出来る限り避けたいのだ。
『手早く終わらせましょう』
もしもこの時、私が、兄の目の輝きに気付いてさえいたならば。
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眠夢_(プロフ) - 泣いた……文才の神ですか……苗代さんのシリーズ見させてもらってます……本当にどれも素敵な作品で度々泣かされます…本当に心から応援しています。 悔やむとしたら、私がもっと早く文ストを見ていたら良かったのですが…今、完結した姿で作品を見れてとても幸せです (2021年3月23日 0時) (レス) id: 7e61cd56ff (このIDを非表示/違反報告)
苗代(プロフ) - 乱歩君大好き人間さん» コメントありがとうございます。どういう意味合いで泣いてしまわれたのかはわかりませんが、心を動かすことはかなったということですね。何よりです。 (2018年9月29日 7時) (レス) id: 4044429dac (このIDを非表示/違反報告)
乱歩君大好き人間(プロフ) - え…中也…ああー……おー…これは泣くわ (2018年9月29日 1時) (レス) id: 890e7ee745 (このIDを非表示/違反報告)
苗代(プロフ) - 睦月さん» 展開は自分でも最後まで公開すべきか悩みました。亡くなる設定は作品連載当初から決まっていたのですが、濁すかはっきりと書くかは本当に悩んで今に至っています。ですが読者の方に感謝されるということは公開してよかったのですね。こちらこそありがとうございます。 (2018年9月28日 23時) (レス) id: 4044429dac (このIDを非表示/違反報告)
苗代(プロフ) - 櫻間さん» コメントありがとうございます。たくさんのお褒めの言葉が心に沁みます、とても嬉しいです。是非何度も読み返してください。何度でも前進し続ける彼らを見届け、未来を想像してほしいと思います。こちらこそ、読んで下さりありがとうございました。 (2018年9月28日 23時) (レス) id: 4044429dac (このIDを非表示/違反報告)
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