家族になって十四日目 ページ36
晩夏、月も変わってより一層太陽を睨みたくなる時期。当初と比べて随分と軌道に乗ってきた学習は既に中学一年生の数学全てをなぞり終えていた。何の気なしにぐっと伸びをして時計を見ると、丁度おやつの時間だ。
『お腹、空いた』
「さっき食べたばかりじゃないか。君見た目のわりによく食べるよね、中也の食育の賜物かな」
『でもそのせいで最近少し太った』
腹のあたりの贅肉を二本の指でぷにぷにと摘むと、それはほとんど皮膚だし、女性の前で同じことを言おうものなら恨みを買うよと太宰が呆れた顔をする。
結構切実な悩みなんだけどなあと口を尖らせて視線を逸らすと、不意に連絡板で異様な雰囲気を醸し出す、愉快でカラフルな掲示物が目に入った。
今日から三日にかけて行われる夏祭りを宣伝するチラシだ。
そういえば名探偵とやらが言っていた。祭りの屋台が並び、神輿が担がれる道には武装探偵社前の通りも含まれていると。昼から少しずつ出店が始まるらしく、甘味巡りをしてくるからと丁度真昼の頃に早退していたのを思い出す。
『いいなあ...』
お祭りなんてものは、私にとって焦がれる夢の一つに過ぎなかった。独特の匂いや雰囲気、明るい喧騒を遠くから伺うことばかりで、自身で楽しむようなことは一度たりとてなかったのだ。
それなのに今はどうしてか、手が届きそうな気がしてしまう。
私は相当に思い上がってしまっているのだろう。
諦めたように顔を伏せようとしたそのとき。玄関の扉が勢いよく開いて、聞き馴染みのある声が私の名を呼んだ。
「A! 夏祭り行くぞ!」
『...へ?』
*
今日のために仕事を前倒しで終わらせて、今日の分も猛スピードで済ませて来たんだぞと自慢げに笑うその人、中也さんに思わず問う。
『な、なんで突然夏祭り?』
「ん? あーー、手前が、行きたがるかと思ってよ」
今度は驚きで沈黙してしまった。
彼はいつもそうだ。私が口にしないことを感じ取って、しっかりと咀嚼して理解して、この背を押してくれる。幾度となくそれに助けられてきたのだ。
大好きな彼と祭りに行ける。
嬉しい反面、このままではいけないと心の隅で誰かが言っていた。この男に助けられてばかりの私ではいけない。分かっているのだ。
けれど。
あの日から私は、成長出来ているの?
中原中也と初めて出会ったあの日から。
「何俯いてやがるんだ、A? 行くぞ」
先を歩く中也さんの背中は、いつも以上に大きく見えた。
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苗代(プロフ) - 彩花さん» コメントありがとうございます。これからも頑張って更新していくので、ぜひご贔屓に。 (2018年7月18日 23時) (レス) id: 4044429dac (このIDを非表示/違反報告)
彩花 - とっても面白くて一気読みしてしまいました!!!これからも頑張ってください!と (2018年7月17日 15時) (レス) id: 2058922f9b (このIDを非表示/違反報告)
#祭鼓*@harigaya mako*(プロフ) - 苗代さん» よろしくお願いしますm(__)m頑張ってくださいq(^-^q) (2018年7月13日 18時) (レス) id: 509492d3f2 (このIDを非表示/違反報告)
苗代(プロフ) - #祭鼓*@harigaya mako*さん» 初めまして、作品を好きだと言って頂けてとても嬉しいです。これからも出来るだけ頑張って更新を続けていくので、これからもよろしくお願い致します。 (2018年7月12日 23時) (レス) id: 4044429dac (このIDを非表示/違反報告)
#祭鼓*@harigaya mako*(プロフ) - 初めまして(*^^*)こんにちは(・∀・)ノこの作品本当に大好きです(*≧∀≦*)更新頑張ってくださいq(^-^q)応援してます(σ≧▽≦)σ (2018年7月12日 23時) (レス) id: 509492d3f2 (このIDを非表示/違反報告)
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