嘘つきの私と最後の一年六時間目 (ページ32)

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彼女の時間・三時間目ページ32

忍者ていうのが実在するなら目の前の男のことを言うのだろう。そう思うくらいには気配がなかった

「誰だ!」

咄嗟に全員が警戒態勢をとり、距離を保つほどには冷静さは欠いていない
けれどその心象とは裏腹に誰もが息を呑んでいた

恐ろしく、酷いくらいに目の前の男はAに似ている笑顔で俺たちを出迎えているのだ

「そう警戒しなくても…おれはあんた達を待ってたんだよ」

「待っていた……って」

「味方だって保証はどこにあるんだよ。こんな所にいる以上、信じられるかよ」

外見は似ても似つかない、警戒をするにこしたことはない。そう思い警戒を解かないでいると正体不明のこの男はひとつ、息を吐いた

と、同時に片岡のトランシーバーがけたましい雑音を響かせ意識を逸らした

「磯貝くん!?一体どうしたの!」

「片岡……そっちに………じか……」

ざざざ。磯貝の声に混じる様々な音が正確さを奪い聞き取りずらい言葉にただならぬ状況を掴むのは間違いなかった

不安を全面に張りつけた俺たちに追い討ちをかけるのか、ふと誰かの悲鳴が耳へ届いていた

「お、おいどうした」

「あれ!あれ!」

倉橋の指差した先、自分たちが進んできた道を辿るどろどろと溶けた生物が迫っている

元が人間だったのだろう。俺には見覚えがあった気がしてこちらへ伸ばされた手が心を抉った

「あんた達の仲間も同じ状況に陥ってるんだろうな」

それまで静観を決め込んだ男が不意に呟いた。大した感慨も抱かぬ平坦な声音は他人事にも聞こえて実質そのとおりなのだ

掴みかからんと男に近寄った村松の肩を少し乱暴に掴み阻止する
当然村松は俺に驚いてこちらを見下ろす

「この状況を打開すればお前が味方であることは証明できるが、どうする」

「………助けないと言ったら?」

「お前は俺たちを裏切れない。俺はそう思っている」

この男は俺たちに可能性を見いだしている。自分が救えなかったものを救えると、そう。
Aが俺たちに託したように、この男も俺たちに託そうとしているのだ

わかる。Aと似た笑顔を浮かべているのだから

「……やれやれ、イトナだっけ。あんたはよく見てるな」

半ば感心したような、諦めたような顔で男は眉を寄せると部屋の奥へ歩き出した

「来な。あんた達の仲間を救いたいなら、な」