それでも私は山田家の娘VI （兵助編）

伊作　　芽生え ページ15

「え？ 文次郎かい？」

二人で行った医務室で、僕はAから意外な話を聞いた。
あんなにAのことを褒めていた文次郎が、委員会ではそのそぶりを一切見せていないらしい。

おかげでAの文次郎に対する印象は、あの顔もあって(決して悪い顔ではないのだけれど、最近ちょっと老け顔になってきた気がする)、お世辞にも良いとは言えないようだった。

「潮江先輩、やっぱり私のことがお嫌いなんでしょうか……」

そう言って悲しそうに目を伏せるAに、僕はそんなことないよ、と明るく言う。

「君が初めて委員会に行った日なんて、新しく入った一年生はすごいって大興奮だったんだよ？
「そうなんですか？」

そっと見上げてくる彼女に、笑顔で頷いてみせる。

だから、気にすることないよ、と続けようとした時だった。

「すまん、伊作。腕を切った……って、五十嵐？ なんでここにいるんだ？」

噂をすれば、なんとやら。
カラカラと障子を開けて、文次郎が入ってきた。

スパッと切れた腕から赤い血がドクドクと流れているのを見て、Aがぴゃっと飛び上がる。

「僕が誘拐してきたの。どこかの誰かさんに嫌われてるかもしれませんって悲しそうにしてたから」

心当たり、あるよね？ とジト目で見ると、気まずそうに文次郎は目を逸らす。

「い、伊作先輩。そんなことより、先に潮江先輩の治療を……」
「伊作先輩！？」

恐る恐る僕らの間に入ってAがそう言うと、文次郎は両目をかっぴらいて叫ぶ。
驚いたAは、慌てて文次郎と距離を取った。

「僕がAにそう呼んでってお願いしたの。どこかの誰かさんとは違って、素直に仲良くなりたいって思ったからね」

クルクルと文次郎の腕に包帯を巻きながら僕がそう言うと、彼はうっと言葉に詰まった。

「弁解とかするなら、今なんじゃないの」

そう言う僕の背中に隠れて、Aが文次郎を警戒するように覗き込む。
自分が追い討ちをかけていることに、Aは絶対気づいていない。

「ええっと、五十嵐。あ、いや、A。俺は別に怒っているわけではないんだ。もともとこんな顔なだけで。Aの計算能力や身体能力、そして頭の良さはすごく良く評価しているし。Aが嫌いなわけでもないから、少しずつでも仲良くしてくれると嬉しい」

文次郎なりの精一杯の言い訳を聞いたAは、ふわっと笑顔で頷いた。



あぁ、この子が欲しい。

僕だけの女の子に、ならないかな。

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