風 ページ13
◆一三◆
――かぶき町を根城にしている、例の拐かし事件の首謀攘夷党。その案件に新たな動きが見られ、俺は連日情報整理や報告書の再確認、実働権限の取得や申請など、細々とした仕事に追われていた。
猫の手も借りたい忙しさとはまさにこのことで、長時間ずっと同じだった姿勢を緩く崩したその時、襖向こうから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「失礼します副長! 副長にご用があるという方がお見えになってますが、通してもよろしいでしょうか?」
「用? 一体誰だそりゃァ」
「有本Aという女性です。なんでも副長の忘れ物を届けにきたとか」
――有本、A。免許証を確認するたびに読むその名前には、イヤってーほど聞き覚えがあり。忘れ物、という言葉にもなんとなく心当たりがあったため、取りあえず面倒事では無さそうだと安心する。
「……分かった。丁度こっちの仕事も一段落ついたとこだ。すぐ向かうから先方にもそう伝えとけ」
「分かりました!!」
元気よくそう告げた声は、軽い足音と共に遠ざかっていく。俺は完成した書類の束を軽く文机に打ち付け整えると、固くしていた腰を伸ばしてゆっくりと立ち上がったのだった。
■
客人用の部屋の襖を開けると、藤色の着物に身を包んだ女の姿が目に入った。
「遅い」
「言うな。こちとら仕事中だ」
ピシリと毅然とした姿勢をとっていた女――有本Aは俺の姿を確認すると、俺が腰を下ろすのも待たずにそんな憎まれ口を叩く。ヤツの前に置かれた湯飲みの茶が半分に減っているぐらいには、ここで待っていたのだろう。仕方なく「すまねェな」とで言ってやれば、無表情を少しだけ崩した女がヒョイと何かを放って寄越す。
「――っと。これは」
「オラ、アンタの忘れもんだよ。謝礼よこせ」
「強盗かよ。……マヨネーズ一本でいいか」
「いいわけねーだろンなモン貰って喜ぶバカがあんた以外のどこにいる」
「どーゆー意味だコラ!」
「じゃあ、何がいいんだ」と聞けば、ソイツは少し考えるような素振りを見せ、その果てに小さく呟くようにして「……風」と答えた。
「風?」
「いま免停中だから。気持ちのいい風が恋しいの」
「……ってェとなんだ。つまり」
嫌な予感を感じながら口を開くと、Aは大きく頷いて、
「ちょっとパトカーの助手席乗っけてくんない?」
……そんなことを、ほざいたのであった。
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ASK - 他と被らない設定、とても良いと思います。あまり甘々な絡みが好きではないので丁度いい (2019年5月21日 19時) (レス) id: 49e118c28b (このIDを非表示/違反報告)
三文(プロフ) - 純野翠雨さん» コメントありがとうございます。個性の強い夢主は嫌われやすいかも、と密かに不安だったのでそう言っていただけると嬉しいです!よろしければ、引き続きお付き合いいただけると幸いです。 (2018年9月17日 0時) (レス) id: 1d9b4e262e (このIDを非表示/違反報告)
純野翠雨 - テンポよくお話が展開していってすごく面白かったです!ヒロインのキャラが読んでて楽しかった! (2018年9月16日 21時) (レス) id: 13f3f7b214 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:三文 | 作成日時:2018年9月3日 23時