仕事~230 ページ40
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呼吸を忘れてAの顔をじっと見つめていた監査官は、気遣うような視線を受けてはっと我に返った。
『おい、大丈夫か…？』
監査官「っ……すまない。…少し、驚いてしまって…。随分と急な話だね」
監査官はなんとか取り繕った。止めていた足をゆっくり進め出す。
『確かに、急ではあるな』
監査官「……またドライマンゴーを渡しに行こうかと思っていたんだけれど」
『あ、それは欲しい。本丸の者たちもあの菓子に興味を持っていたようだし』
代わりに彼らに与えてくれ、とAは目を細める。
監査官も笑った。笑いながら、胸の奥に突き刺すような痛みを幾つも感じていた。
資料室で、ブラック本丸に関する資料ばかりに目がいくようになったのは、いつからだったか。
いつから、店でドライフルーツを探すようになったのか。
行きたいと願っていた本丸は、どこだったか。
誰の側で、仕えたいと願ったか。
何度、願いが叶うようにと、祈ったか。
監査官「………っ」
隣にいたい。俺の隣にいてほしい。
そして願わくば、名を。
＿＿＿俺もいつか、あなたに名前を呼んでほしい
ああ、その“いつか”は、きっと来ない────。
監査官のただならない様子を感じ取って、Aは申し訳なさそうに眉を下げた。
『任務に関して、私の口からは詳しく話せないのだ。…すまない』
監査官は仄かに笑って、ゆるゆると首を振った。
そして頷いて、目を閉じる。何度も何度も、自分に納得させるように。
麦「…」
あまりにも痛々しく俯く監査官を見て、麦の目の奥につ、と痛みが走った。
まさかこんなに早く別れがくるなんて。
せめて、彼が監査官としての役目を終えるまで。監査対象の本丸へ配属されるまで、と。そう思っていたのに。
Aの存在は、彼が自分で認識している以上に大きいのだ。
そして麦は、監査官がAに対して、ひとかたならず深い想いを抱いていることを知っている。
麦「＿＿＿＿＿っ…」
歯がゆくてもどかしくて。自分の力ではどうにもできないくらいに、悔しい。
あらゆることを諦めてしまっている彼に、諦めることをやめさせたいのに、自分にはそれができない。
二人はそれきり黙ったまま、本丸への転送装置のある方向に歩き続ける。
麦は、並んだ二人の後ろを、どうにも泣き出したくなる心持ちでついていった。
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作者名：葛の葉 | 作成日時：2021年2月22日 1時
