仕事~220 ページ30
平安中期＿武官side
まだ出仕の時刻まではだいぶ余裕があるというのに、男は火急の使いに叩き起こされ、すこぶる不機嫌だった。
武官「なんだというんだ、まったく」
雨音が止んでいる。では、久しぶりに雨雲が切れたのか。
彼は少しだけ身分が高く、警護で巡回するのは寝殿内ばかりなので、天候のことは日常生活で必要な範囲でしか考えることがない。
使いが届けた文をざっと流し読みした彼は、不機嫌そうな顔をさらに険しくして、しばらく何も言わなかった。
そして、夜明けとともに男は、自邸を出て
神隠しが起こったのだという。
あろうことか、女房の目の前で
土御門殿の南庭に急遽しつらえられた祭壇の前では、陰陽寮の者たちが集っていた。武官や官人がその後方を囲むように密集している。
報せを受けた左大臣が色をなくして、近衛府やら陰陽寮やら、片っ端から召集をかけたらしい。
神妙なふりをしながら目を配ると、伯父を筆頭に摂津源氏の者たちと、伊勢平氏の者たちが見事に雁首をそろえていた。
ここまでの顔ぶれが一堂に会することは滅多にないので、逆に感心してしまう。
さすがは当代一の大貴族にして中宮の父。持ちうる力の限りを尽くして彼女の行方を突き止めるつもりなのだろう。
陰陽寮の者たちによる無事帰還の祈祷が始まってから、随分経過した。
道長の使者は、中宮を連れ戻した者にはこの先三代まではなに不自由なく暮らせるであろう金と土地の報酬を約束する、という旨を武官たちに言伝てた。
我先にと庭を飛び出る同僚たちに続いて大路を駆け巡ったが、中宮の影すら見当たらない。そもそも中宮がどのような容姿の女性なのかも知らないのに、見つけることなどできるのだろうか。
幻と見紛うほど見目麗しいだとか、天女のごとくたおやかで端麗な面差しだとか、果てには人界きっての美貌などと噂されているが、はて、そのような女性が存在するものか。
こっそりと同僚たちから抜け出して土御門殿の南庭に戻ってきた武官の男は、陰陽師たちによって焚かれた、天を焦がすほどに燃え上がる護摩の炎を眺めやる。
武官「……勝手に帰ったら、流石に叱られるよなぁ」
伯父たちの顔を思い浮かべて口をへの字に曲げたとき、ふいに風向きが変わった。
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作者名：葛の葉 | 作成日時：2021年2月22日 1時
