水底のキミ【奈良坂透】 (ページ23)

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不可侵ページ23

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「‥‥今日は、なんだか機嫌がいいな」

「そう見える？」

「ああ」

俺と彼女だけの、朝の教室。
定刻に登校して来る出水だが、今日の「おはよう」という声はいつもより些か軽やかだった。何度も繰り返し聞いていると僅かな声の違いも気づくものなのかと少し疑問に思う。

「いいことでもあったのか」

「内緒〜」

(‥‥あったんだな)

1週間程前に図書室で出水と話をしてからというもの、二人きりの時彼女は俺に対して常に「星宮A」でいることはなくなった。けれど「出水A」でいることが多いかというとそうでもない。彼女の気まぐれか、はたまたどちらでいようか決めあぐねているのか、それはその時にならないとわからなかった。

どちらでいようと彼女に対する俺の態度が変わることはないのだが、最近は「出水A」としての彼女を見ている時の気分が妙に落ち着いていることに気づいた。安心や心地よさと表現したら一部誤解を招きそうで口には出していない。

「───奈良坂って無愛想に見えるけど意外とそうでもないよね」

「何だ、急に」

「いや、さっきノート見つめながらちょっと口角上がったから」

「‥‥人の顔をじろじろ見るな」

「綺麗な花があったら見たくなるでしょ。それと一緒」

机に肘をついて、半分身体をこちらに向けていた彼女はそう言って穏やかに微笑んだ。何を言っているんだこいつは、と思った時、「そうやって理解し難い時も露骨に顔に出るって知ってるクラスメイトは私だけかな」と言った。

「‥‥あまり見られるのは好きじゃない」

「うん、見世物みたいな例えしちゃってごめんね。
ところで、何に笑ってたの？」

ノートを見ながら口角を上げていたなんておかしな話だと思ったが、どうも出水は、俺がそうだったと主張している。

「‥‥言うほどのことでもない」

「奈良坂っぽい答え。
勉強の邪魔してごめんね、私も勉強しよ」

特に深く詮索せず話を切り上げた出水は、参考書とノートを広げた。
無闇に詮索されないのはありがたかった。自分でも何に笑ったのか上手く答えを出せる気がしなくて濁したのを感じ取ったのだろうか。

大した洞察力だ、と思う。その力は、彼女が芸能界という魔境で生き残るために身に着けたものの1つなのだろう。踏み込んでいい部分とそうでない部分をきっちり線引きしている。

そしてそれは、きっと彼女が他人に求めているものでもあるのだということは、最近わかったことだった。

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