【文スト】世は短し歩けよ青年【太宰】 (ページ34)

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032.「答える義務は無いので」ページ34

気付けば俺は無意識に、心の中に浮かび上がった言葉を呟いていた。

中原の背後に控えていた椿姫が、俺と “ 同化 ” したのを身体で感じる。

手首を抑えていた中原が目を見開くのを見逃さず、瞬時に腹部に蹴りを入れる。

軽く蹴りを入れた心算だったが、中原の身体が後方に吹き飛ばされて行き、数メートル先の壁に激突した。

解放された俺は勢いをつけて脚で起き上がると、自身の身体に異変が起きている事を漸く理解する。

所々千切れたドレスの合間に見える脚や腕には、黒い痣の様な模様が身体中に浮かび上がっていた。

痣だけに留まらず、自分の周りには禍々しい程に黒い霧が蠢いている。

妙に冴えている頭で理解するのに、時間は掛からなかった。

……椿姫と俺が同化した事に依る『契機』だと理解する。

気を抜けば内面から湧き上がる力が、直ぐにでも身体の外へ吐き出したいぐらいの欲求に駆られる。

何時の間にか所持していたのか、腰に日本刀が有る。俺は久し振りに日本刀の鞘に触れると、脳が或る指令信号を送った。

＿＿『此の力を使って、敵を倒せ』

嗚呼、そうか。倒さねば自分が殺られる。

……ならば、闘わなければ。此の力を解放しなければ。

妙に冷静な判断で鞘を握り直し、抜刀した。

右手で抜刀した刀を横に向け、垂直に持ち乍らゆっくりと歩く。

コツコツと通路の真ん中を歩き、ヒールの音を鳴らせて行く。

一方吹き飛ばされた中原が起き上がり、真正面から俺を見据える。其の顔は何処か愉しそうで。

「……其のナリして良く『しがない一般人』なんて云えたなァ。

ーー良い展開になって来たじゃねえか」

中原は歪に口角を上げては吐き捨て、此方へ走ってきた。

其の動きは中々疾い。数秒経たずに距離を詰められる。

中原の振り翳す右拳が俺の腹部に向かって伸びる。拳を振り翳すモーションも無駄が無く死角が見当たらない。

……だが今の俺にとっては、其の動きの一部始終凡てが、スローモーションに見える。

腹部を狙った中原の軌道に乗り、其れに合わせて上半身を横にずらし、日本刀で中原の首を狙って一振りした。

中原は拳を振り翳したにも関わらず、俺の攻撃を瞬時にしゃがみ込んで一歩後ろに避ける。

代わりに中原の帽子の端切れが床に落ちて行く。

「手前……先刻と格段に動きが疾くなってるじゃねえか！其れも手前の異能の力かよ！？」

「答える義務は無いので云いません」

直ぐ様攻撃の手を緩まずに、今度は俺が中原の元へ跳躍した。