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「ああ、まだ一宿はしてないか。だけれど俺は、名も知らぬ子供に着る物をやって飯を食わせた、分かるな？」
にこにこ、にこにこ。
笑顔を浮かべたままなのに、目の前の男が恐ろしい。
背中をぞくりと何かが撫ぜる。
隣に座っていたAが、肩を震わせてしがみついてきた。
「町をうろついてた時ゃ随分と汚れた餓鬼だと思ったが、結構。上等な顔に産んでくれた母ちゃんに感謝しなよ。」
syp「なに言って…、」
目だ、こいつの目は見た事がある。
口元こそ笑っているが、男が瞳に宿しているのは、村の人間達と同じ侮蔑だ。
「菫色の目なんざ他所では化け物扱いだろうが、ここはそういう珍しい奴が高く売れんのさ。」
ドクドクと心臓が煩わしい。
舌先が痺れていくような感覚。
否、この痺れは緊張や恐怖によるものでない。
syp「薬、盛りやが、っ、」
気付くのが遅過ぎた。
逃げ出そうにも、全身に回った痺れによって立つ事もままならない。
次第に薄れる意識の中で俺に出来たのは、先に気を失ったAを掻き抱く事だけだった。
___
「…様、兄様起きて。」
声と共に肩を揺すられる感覚にハッとした。
最愛の片割れが心配そうに此方を覗き込んでいる。
寝起き直後の気怠さとはまた違った倦怠感と、汗でしとどになった寝着が纏わりついて気持ち悪い。
「…また見たのでしょう？」
定期的にあの日の事を夢に見る。
それは他でもなく、Aを守りきれなかった後悔がもたらすものなのだろうと思っている。
あの後、意識が戻ると俺達は吉原の大門を潜っていた。
最初に俺達を買った妓楼は女郎の扱いが酷く、更には南蛮の血が気色悪いだのと当て付けのように折檻が行われた。
生傷が絶えぬ日々に、いっそ死んでやろうかと思った事も、ある。
「兄様…ショッピ、大丈夫。」
額に濡れた手拭いが押し当てられる。
優しく往復するそれに目を細めると、Aが懐かしい呼び名で俺を呼んだ。
「此処はあの時の地獄じゃないでしょ？」
"お前達の地獄に耐えられないなら、俺達の地獄を覗いてみないか？"
そう言って俺達を救ってくれたのは、他でもない此処の人達だ。
「皆強くて優しい人だよ。勿論ショッピも。」
だから大丈夫、と。
昔は俺が手を握ってやっていたのに、今ではどうだろう。
syp「せやな…ありがとう。」
"次"なぞ起こりはしないだろうが、もしもそれが訪れるなら。
今の俺達なら、地獄でも笑って居られるだろう。
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＜注＞
折檻＝仕置き
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「かぎかっこ」(プロフ) - あすかさん» お返事大変遅くなりました。作品読んで頂けて嬉しいです！今更新している短編集の方にリンクを貼っておりますので、もし良ければそちらからどうぞ！ (2020年5月15日 10時) (
レス) id: af5934532f (このIDを非表示/違反報告)
あすか - とっても面白かったです!Twitterなどやっていたらお名前教えていただけませんか？ (2020年4月23日 18時) (レス) id: 868aae598e (このIDを非表示/違反報告)
「かぎかっこ」(プロフ) - ロイゼさん» 初コメありがとうございます。私の要望に忠実な文章でしたので、喜んで頂けて非常に嬉しいです！最後までお話の雰囲気を崩さず頑張っていこうと思います。 (2020年4月15日 16時) (レス) id: af5934532f (このIDを非表示/違反報告)
ロイゼ - 初コメ失礼致します。今のところ全話読ませて頂きました。私得設定過ぎて萌え死にました。口調や用語等々、難しいことだらけで大変かと存じますが、この綺麗な雰囲気の小説がとても大好きです。更新の方もあまり無理をせずに頑張ってくださいね。ゆっくり待っています。 (2020年4月8日 23時) (レス) id: e5e5932f76 (このIDを非表示/違反報告)
「かぎかっこ」(プロフ) - カランコエさん» コメントありがとうございます。遊郭ネタが書きたいと思ってかき集めた資料達なのですが、歴史物すごく難しいですよね…。解説とか言葉遣いとかに気をつけながらなので更新はゆっくりになりますが、お待ち頂けたら嬉しいです！ (2020年3月26日 15時) (レス) id: af5934532f (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：「かぎかっこ」 | 作成日時：2020年3月18日 23時
