11ページ目 命を懸けて ページ12
「兄ちゃん、お願いがあるんだ」
勇利はリンクサイドに立っていた俺に近くまで来て、眉を下げながら手を合わせた。
「僕が今から滑るのを、録画してヴィクトルに渡してほしいんだ。その…自分勝手な考えなんだけど、やっぱりヴィクトルに僕のこと、忘れてほしくなくて…」
勿論感謝の気持ちを伝えるためっていうのもあるよ!と慌てて弁解する勇利の、その赤くなった顔に笑ってしまう。
「ははっ、分かったよ、ふふ、ちゃんと渡すから」
「兄ちゃん笑い過ぎ!」
「ふは、ご、ごめん、ふふ」
「兄ちゃん!!」
実を言うと、二言三言行った後には既に笑いは収まっていたのだ。だが、勇利が怒って、俺に抱き着いて額をぐりぐりと押し付ける仕草が、どうにも別れを惜しんでいるように見えて、そのまま笑っているふりをしたのだ。
実のところ、別れを惜しんでいるのは俺の方でもあるのだが。
リンクの中を滑った後、勇利がリンクの中心へと向かっていく。設置したカメラが動かないように固定しながら、俺はそれを眺めていた。
涙を流しながら氷の上を彷徨う勇利の、なんと美しいことか!
勇利が場所を決めて動きを止めたのを合図に、スピーカーから音楽が流れだす。
曲は、勇利が引退してからずっと滑っていたもの。スケーター勝生勇利、という人物を表した勇利だけのプログラム。“YURI on ICE”
ヴィクトル・ニキフォロフが振りつけた曲の流れは変わっていない。だが、ジャンプの構成やシークエンスのレベルが格段に上がっている。
難易度の高いクアドルッツが四回転トゥループの代わりに後半に入り、さらにコレオシークエンスとステップシークエンスの速度が一段と増した。だが荒々しさはなく、むしろより優雅になっている。
着氷にもミスがない完璧なジャンプと、軸がブレないスピンの数々。ファイナルであのヴィクトル・ニキフォロフを超える点数を出したものよりも、各段に難易度の上がった驚異のプログラム。
ユリオに教えてもらったというサルコウ、奈美子先生についてバレエをしていた頃に学んだスピンと表現力。
そして最後に跳ぶのは、勇利が人生のほとんど全てをかけてきた、ヴィクトル・ニキフォロフから学んだ四回転フリップ。
ブレードと氷がすれる音が聞こえるたび、勇利が体を動かすたび、その命の終焉が近づいてきているのが分かる。
勇利の命を懸けたスケート。
ああ、なんて、なんて、美しいんだろうか。
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あお - 29ページ目の最後で“ユウリの言葉を伝えてくれたあの人の名前を知らない”とありますが、勝生兄がヴィクトルの肩を掴んだ時、主人公の名前呼んでました。知らないなら呼べないと思います。 (10月29日 0時) (レス) @page30 id: e2c1a012e2 (このIDを非表示/違反報告)
インスピレーション☆ - 面白いし泣けます!更新してくれますか? (2021年1月11日 3時) (レス) id: 53958d3eba (このIDを非表示/違反報告)
西(プロフ) - ヴィーチャさん» 続きを読みたいと思っていただけて嬉しいです!これからも頑張りますので、お付き合いのほどをよろしくお願いします! (2018年4月5日 0時) (レス) id: c128289cdd (このIDを非表示/違反報告)
西(プロフ) - mさん» お褒めの言葉ありがとうございます!引っ越しが終わりましたので、ぼちぼち更新していくと思います。 (2018年4月5日 0時) (レス) id: c128289cdd (このIDを非表示/違反報告)
ヴィーチャ(プロフ) - この作品を読んで泣きました!そしてこんなに続きが読みたいと思った作品は初めてです!更新が大変なのは分かりますがどうか続きをお願いします!頑張ってください。待ってます。 (2018年4月4日 23時) (レス) id: a1720166ee (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:西 | 作成日時:2017年11月25日 3時