1ページ目 訃報 ページ2
ロシアのとあるスケートリンクには、いつも通りスケーターたちが集まっていた。だが、いつもなら彼らが騒がしく練習しているのに、今はそんな光景は露とも見えなかった。
「…日本に行く。支度しろ」
低く少ししゃがれた声で、そう静かに言ったのは、このスケートリンクを使用する者たちのサポートを生業とする男、ヤコフ・フェルツマンだった。
その声を妨害する音など、そのリンクには一切なかった。だからこそ、なればこそ。
「…嘘だろ…?」
何かに縋るような声を出したのは、少し伸びた金色の髪を後ろで一つに束ねた青年、ユーリ・プリセツキーだ。顔を蒼白に染め上げ、綺麗な手の指先は細かく震えている。
「…」
その問いに、ヤコフは声を出さなかった。そのかわりに、ゆっくりと首を横に振った。
「…嘘、だよね?ねえ、ヤコフ。そんなジョーク、笑えないよ」
今度は別の男から声が上がった。生ける伝説、リビング・レジェンド、勝利、世界の覇者、氷上の皇帝…いくつもの名で呼ばれてきた彼――ヴィクトル・ニキフォロフ。
その声は普段の彼からは想像もできない程に弱弱しい。声を震わせ、必死で絞り出した質問にも、やはりヤコフは首を振るだけだ。
「…明日、発つからな」
ヤコフはそれだけ言い残して、スケート場から姿を消した。残されたスケーターたちも、しばらくしてリンクから去っていった。その場に残されたのはわずか数人。
足が縫い付けられたかのように動かない。体が鉛のように重くて、気を抜けば今にでも氷の上にうずくまっていただろう。むしろそうしたほうが楽なのかもしれない。
「ヴィクトル…、ユーリ…」
ミラがおずおずと声をかけるが、彼らは反応しない。それでももう一度名前を呼んで、携帯に移された画面を彼らに向けた。
「こんなこと言いたくないけど…信じたくないけど…」
ぽろぽろ、とミラの目から涙が零れ落ちる。拭われることもなかったそれは、重力に従って下へ、下へと落下する。
顔をそむけていた二人が携帯に目を向けたのと、涙がリンクの氷に同化したのは同時だった。
「…どうして」
認めたくない現実とは、人生には必ず訪れる。ヴィクトルにとっては先の見えない不安。ユーリにとっては勇利に負けたとき。そして、今。
携帯の画面には、惜しげもなくスペースを使って文字が書かれていた。
『日本のフィギアスケーター勝生勇利、死去』
252人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「男主」関連の作品
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
あお - 29ページ目の最後で“ユウリの言葉を伝えてくれたあの人の名前を知らない”とありますが、勝生兄がヴィクトルの肩を掴んだ時、主人公の名前呼んでました。知らないなら呼べないと思います。 (10月29日 0時) (レス) @page30 id: e2c1a012e2 (このIDを非表示/違反報告)
インスピレーション☆ - 面白いし泣けます!更新してくれますか? (2021年1月11日 3時) (レス) id: 53958d3eba (このIDを非表示/違反報告)
西(プロフ) - ヴィーチャさん» 続きを読みたいと思っていただけて嬉しいです!これからも頑張りますので、お付き合いのほどをよろしくお願いします! (2018年4月5日 0時) (レス) id: c128289cdd (このIDを非表示/違反報告)
西(プロフ) - mさん» お褒めの言葉ありがとうございます!引っ越しが終わりましたので、ぼちぼち更新していくと思います。 (2018年4月5日 0時) (レス) id: c128289cdd (このIDを非表示/違反報告)
ヴィーチャ(プロフ) - この作品を読んで泣きました!そしてこんなに続きが読みたいと思った作品は初めてです!更新が大変なのは分かりますがどうか続きをお願いします!頑張ってください。待ってます。 (2018年4月4日 23時) (レス) id: a1720166ee (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:西 | 作成日時:2017年11月25日 3時