８６ 酔っぱらいのセクハラ ページ36
お気に入りのリュックに今度は財布とメモ帳に一本のペンだけを入れて、私は先ほど見つけた食堂に向かった。宿から少し離れたところにあるそこは、大通りに面してはいないのだが、大勢の人でにぎわっていた。どちらかというと地元民が多いようで、多くの人(魔物を含む)は軽装だ。
奥まったところにある席に座り、近寄ってきた店員さんに注文をする。おススメがフィットチーネのナポリタン風パスタだということで、それと葡萄酒を頼んだ。一瞬驚いた顔をされたが、これでも成人済みだというと納得してくれた。
(まあ実年齢だと、なんだけどね)
《まあ見た目では、17歳ですからね》
しばらくそんな軽口を言い合っていると、料理がお盆に乗せられてやってきた。テーブルに置かれたパスタはふわふわと湯気をたたせ、とても美味しそうだ。傍に置かれた葡萄酒は艶があり、芳醇な香りが楽しめる。小さく手を合わせてから、それらの料理に手を付けた。
食事を始めてしばらく経った頃であろうか。パスタが半分ほど減った辺りで、なにやら入り口辺りが騒がしくなった。そちらに目を向けてみると、どうやら観光客の男が店員のゴブリナに絡んでいるようだ。
「離してくださいっ！」
「いいじゃねえか！」
酔った男性がゴブリナの手を掴んで外に連れ出そうとしている。周囲の客は恐らくテンペスト軍の兵士が多いのだろう、彼らは人間に友好的なリムルの人間とは仲良く、という命令には逆らえない。それに今問題を起こして、明日に影響を及ぼすなどということになっては、今までの上司たちの努力を無駄にすることになるのだ。容易に相手を懲らしめることはできない。
そうこうしている間にも、その観光客は力任せにゴブリナを引っ張る。そのとき我慢できなくなったのか、ゴブリナが男性に平手を打った。
「っこのアマ！」
激昂した男が右手に拳を作り、それをゴブリナへかざす。
「ちっ」
世界停止をして、ゴブリナに拳が当たる前に、私が右手で受け止める。そのあと停止を解いたから、周りの人たちからしたら瞬間移動でもしたのか、というように見えただろう。
「これだから酔っぱらいは」
そう吐き捨てるように言うと、相手は顔を真っ赤に染めて、ガキがなんだの引っ込んでろだの騒ぎ出した。だがその男もすぐに気づいただろう。だんだんと言葉は少なくなり、代わりに顔から血の気が引いていった。
「…なんでだ」
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作者名：西 | 作成日時：2017年5月22日 21時
