８３ 記憶を辿る ページ33
「フォレスト、ビル…？」
はるか昔に聞きなれたその言葉に茫然とする。恐らくはヴェルドラの手配なのだろうが、今はそれが私を昔に、かつてメトロポリスで楽しかった思い出の中に連れ戻した。まるでチープな映画のように、あの頃の風景が瞼の裏を次々と流れていく。
(…まったくヴェルドラは…あんなことなんか忘れてくれてもいいのに)
きっと不器用で優しいあの竜のことだから、メトロポリスでの記憶を捨てきれないのだろう。そうでなかったら、ただ一つだけ、この森を残したりはしない。
草木のにおいを肺いっぱいに取り込みながら、また大きく吐き出す。あの頃と同じ空気は、それだけですっきりとさせてくれた。
記憶をたどりながら、森の中を歩き回る。やはり二千年もの時が経ち、当時の原型は全くと言っていいほど残っていなかった。ただ、地面の隆起や川の位置から、ある程度の場所を特定することはできた。
まずは私が最初にこの世界に降り立ったところ。そこは川のすぐそばで、大きな岩があるのが特徴だ。戸惑いながらテラーと会話していたころを思い出して、テラーと笑い合った。
そこから少し離れたところの開けた場所は、私がバトルウルフたちと出会った場所だ。ボスの仲間思いな所は、きっと今の牙狼族たちにも引き継がれているだろう。
そして、そこからすこし坂を上ったところにあるのは一際大きなケヤキの木だ。そこは私が子供たちやバシェラーと出会った場所で…すべてはここから始まった。すぐそばにはメアリーの薬局があったりしたのだが、そこは自然に侵食されており、特定できなかった。
再び川の傍まで戻り、そこで先ほど買った昼食を食べる。様々な野菜をふんだんに使ったサンドイッチ。またですか、とテラーは呆れるが、サンドイッチは片手で食べられて便利なのだから仕方がない。
ちらりと地面を見ると、まだ咲き掛けの花があった。ピンク色になろうと一生懸命になっているそれは、恐らくあまり日が当たらないせいか成長が遅いようだ。所々に見える同じ花は、既に鮮やかな桃色になっている。
「…」
さらりとその花に触れる。指先に魔力を込め、少しずつ流し込んでいく。多すぎず少なすぎず、ゆっくりと。
周りの仲間たちと同じ色に染まったのを確認してから、手を放した。
《魔力香で気づかれるのでは？》
「…きっとわからないよ。そうそうここに来るほど暇でもないはずだし、ね」
そう言って、色づいた花を愛おし気に見つめた。
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作者名：西 | 作成日時：2017年5月22日 21時
