５２ 建国記念日に ページ2
一人わけが分からずに右往左往する私は、取り合えずバシェラーのほうに向き合う。目の前の男は俯いてしまって顔が見えないし、だんだんと周囲も異常を認識したのか静かになっていく。
完全に喧騒がやんだ空間の中で、最初に動いたのはバシェラーだった。
「聞いてほしい」
そう言ったあと彼は私の手を取って、それから優しく、しかし力強く握った。ゆっくりと顔を上げたバシェラーは、しっかりと私の目を見て話し出す。
「俺は一か月後、建国記念日の日に軍総司令官から元帥になる。軍の態勢を整えて、どんな状況にも対応できるために」
「凄いな、おめで…」
「その時に」
素直に感嘆の言葉を漏らしおめでとうと声をかけたが、途中で区切られてしまった。話を聞け、と論されるような、有無を言わさぬ声色に押し黙ってしまう。
「その時に…お前を」
少し言葉を止めて視線を降ろし、再び目を合わせる。彼の夜空に似た瞳は、何かを決心したような色を持たせていた。
「お前を、妻に迎えたい」
(…え)
バシェラーの顔は赤く染まり、それがはっきり見えるほどに、私の目は見開かれた。思考が停止する。今度は私が俯く番だった。
嬉しい。求めてくれることが、愛してくれることが。そしてきっと彼以上に、私は彼のことを愛しているということに気が付いた。
ただ、それと同時に絶望が私を襲った。愛しているからこそ、大切に思っているからこそ、私は怖かった。
(どうしたって、一緒の時間は過ごせないのに)
人間のバシェラーと、媒介者である私の寿命は違うのだ。彼が死んでしまっても、私は彼と一緒に死ぬことはできない。置いて行かれるのが怖い。一度幸せに慣れてしまったら、失うのが怖い。
(なら…断って、バシェラーにはもっといい人がいて…その人と添い遂げて、きっとそのほうがバシェラーも幸せになれるから…そう言わなきゃ…言わないと…)
(…いやだ)
だって愛しているのだ。彼のことを、命に代えても守りたいと願うくらいに愛している。きっと世界中の女性を集めても、私のほうが彼を愛している自信がある。
(傍にいたい。私のわがままでバシェラーを縛りたくない。でも傍にいたい)
「タケル？」
考えがまとまらないまま答えを促されて、決壊してしまった感情は涙になってあふれ出た。心の中で起こる葛藤が、私の心臓を締め付ける。
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作者名：西 | 作成日時：2017年5月22日 21時
