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満員電車から解放されて、改札をくぐると、見慣れた人が前方を歩いているのが見えた。癖毛で黒髪のその人は、後ろから見てもスーツがよく似合うイケメンだ。 確実に松川さん。そう確信して早足で近づき声をかける。
「松川さん、おはようございます」
「うわっ、びっくりした。おはようAちゃん」
変わったことはいくつかあって、松川さんと国見さん…もとい英は私を名前で呼ぶようになった。きっかけは及川さんの「なんか壁を感じる」という発言から。最初は松川さんに名前を呼ばれることになれず、その都度赤面していたがそれもすぐに慣れて、松川さんに「もっと照れていていいのに」と言われた。
「松川さん、今日は電車なんですね」
「まあね」
眉を下げて笑う松川さん。ああ、なるほど、そういうことですか。首元に薄ら残る赤い印。言わずもがな、そういうことだ。
今日は外回り無くてよかった。
松川さんに「ここ、見えてますよ」と首を指させば、松川さんは驚いた顔をした。気づいていないようだったからカバンから小さい鏡を出して渡す。
松川さんは確認するなり、深くため息をついた。
「最悪…」
「ふふ、松川さんのこと大好きなんですよ」
「え…あー、これ、つけたの恋人とかじゃなくて、友達」
「あー松川さん、そういうお友達もいそうです。なんとなくわかります」
「いや、待って。男友達ね?」
「え、男…?」
松川さんは困ったように眉をさげつつ言葉を続けた。
「そう、昨日、こっちで就職した高校の時の部活仲間と飲んでいて、罰ゲームで、つけられた」
本当に最悪、と再度深くため息をついて「だから勘違いしないでね」と頭を撫でられる。
勘違いも何も、私に勘違いされたところで困らないでしょうに。こういう類の揶揄いも増えた。
しかも最近では真剣に言うものだから嘘か本当か見当がつかない。それでも時々、赤面する私を見て「冗談だよ」って笑うから、質が悪い。
「あ、Aちゃん今日の夜って何か予定ある?」
「いえ、とくには」
「じゃあ、飲みに行こう」
「えっあ、はい!」
「大丈夫、二人きりじゃないから」
接待かな、と疑問を抱きつつも松川さんと一緒に出社した。
エレベーター前で偶然会った及川さんは見事に二日酔いらしく顔面蒼白で、そのまま3人でフロアに行けば英がデスクで丸まって寝ている光景を見て起こそうか迷ったが、始業まで寝かせてあげることにした。
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作者名:お湯 | 作成日時:2019年5月9日 19時