雪の果てを覗く【短編集】

飽和記念日/DOPPO ページ17

飽和状態ってなんだっけ……。三徹目のぼんやりした頭が現実逃避に精を出す。そんな暇があったら働けと社畜根性が拒否するのだが、俺からしたらその社畜根性さえも拒否したい。俺はただ寝たいんだ。寝たいのに、なんで俺はたった一人のオフィスでキーボード叩いてんだ。ふざけんなよ、とその不機嫌な感情をキーボードに叩きつけ、俺は無心に働いていた。本当なら二徹で終わっていた筈なのに、あのハゲ課長が俺の二徹の結晶である資料を一目見ただけで「やり直し」とゴミ箱へ捨てたのだ。畜生、会議は明日なのに。残業を余儀なくされた俺はこうして新たな資料を作成していた訳だが、どうしてか冒頭の現実逃避が頭を離れない。飽和状態、飽和状態……なんだ、なんだったかこの言葉。



丁度資料がひと段落ついた時、同居人である一二三からメッセージが来た。今から仕事へ行くとの簡潔なメッセージと可愛いスタンプは独歩のくたびれた活力にやや喝を入れる。よかった、帰る気力が出た。コートを羽織り、デスクに置かれたスマホに手を伸ばす。ポケットにしまおうとしたが、その前にもやもやとした疑問を晴らしてしまおう。そう思い、独歩の痩せ細った指が検索アプリに『飽和状態 とは』と素早く打ち込んだ。



「……ああ、満員電車か」



飽和状態でそんなことを思い浮かべるなんてよほどの社畜だ。自分を哀れむように笑みを浮かべ、ポケットにスマホをしまう。飽和状態、若かりしあの頃に習った気がする。あの頃はなんでこんな事を学ぶか分からず、ただぼんやりと聞き流していたな。だがやはり授業で習ったことの大半は今の生活では生きていない。



「……はは、ダメだな、俺」



いつも通りのネガティブを吐き出して、独歩は照明を落とした。物理的にも精神的にも真っ暗な会社、明日こそは爆発しているといい。

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