一口囓る〔太宰治〕

一口目 ページ1

「美味しい？」

やんわりと笑いながら手料理を出す女。それを食し、美味しいよと答える男。少しだけ残された食器を片付ける女。テレビに目を移す男。ニュースがやっていた。

「……殺人事件だって」
「怖いね」

男女の愛が絡み合った愛憎劇とはまるで無縁な平和な彼らに見えるが、実はそうでもない。
男は、武装探偵社＿＿＿魔都ヨコハマの昼と夜、その間を取り仕切る荒事専門の探偵集団＿＿＿の一隅、太宰治。その明晰な頭脳と解決してきた事件の数、そしてそれに伴う怨恨の数は並大抵とは比べ物にならない。
が、問題はそれではなく、男の性格の方である。否、捉えようによっては女の問題でもあるが……
太宰は浮気癖まで並大抵ではなかった。
よく、浮気の数と男の価値は比例するとかなんとか云ったりもするが、女の方からしたらたまったものではない。
彼の浮気癖に付き合えるのは彼女＿＿＿Aだけ。
周りからそういわれる。事実、どれだけ太宰が浮気してもAは隣でにこにこと穏やかに笑い、菩薩の如く全てを許容し、喧嘩もせず仲睦まじいカップルを保ち続けてきたのだ。
しかし、その限界が近いなんて太宰は勿論、彼女自身でさえ知る由もなかった。



「治と付き合えるのは私だけ」



今日もそんな確信を胸に、太宰の浮気から目を背ける。殺人事件のニュースの音が、やけに遠く感じた。

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