五月闇【kunikida】 ページ13
五月雨の降る頃の暗さのことを、五月闇と云うらしい。その日はまったくその通りで、薄暗く、おまけに傘もさしていた。街ゆく人々の顔が見えないのも当然だった。
その女の顔も、当然見えていなかった。辛うじて見えたのは、長い長い黒髪と美しい白い肌だけ。それだけで、俺の心はどうしようもなく高鳴った。
す……とすれ違う、その瞬間。俺は我慢出来なくなり、思わず声をかけた。
「ちょっと待ってくれ!」
「……?」
その女は、振り返らずにぴたりと止まった。揺れていた髪も動きを止める。
「名前を、教えてくれ…… 」
太宰ならもっと歯の浮くような台詞を云ってのけたかもしれない。しかし、俺にはこれしか云えなかった。頼む、と無言で訴える。女が振り返る気配はない。やがて、よく通る声が俺に耳に流れ込んだ。
「……人に名前を聞く時は、まず自分から名乗るものじゃなくて?」
かつて俺が誰かに云った気がする言葉。まさか自分に云われるとは。己の行動を反省しつつも、女に向けて名乗った。
「俺の名は国木田独歩。武装探偵社が一隅だ」
「……国木田独歩。良いお名前ね」
ふふと女が笑った。そして、こちらを振り返ることは無いまま、歩き出した。
「私はA。よく覚えておいて。そして、また会った時、貴方が私の名前を呼んでください」
顔も知らぬ相手。しかし、俺はその女の名前を忘れる気は無かった。
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月瀬ゆうめ(プロフ) - 市さん» わぁぁぁ・・・褒めて頂けて嬉しいです!検討有難う御座います!出来れば・・・ですから無理なさらないで下さいね 市さんの他の作品ものぞかせて頂きます♪ (2019年1月20日 10時) (レス) id: 07bb2550e4 (このIDを非表示/違反報告)
市(プロフ) - かなでさん» ありがとうございます!かなでさんに応援していただいたおかげで完結することができました。本当にありがとうございました!! (2019年1月19日 21時) (レス) id: 6e4265016c (このIDを非表示/違反報告)
市(プロフ) - 月瀬ゆうめさん» ありがとうございます。ゆうめさんは甘いのとかお上手なので羨ましいです……。了解しました!検討させていただきます。 (2019年1月19日 21時) (レス) id: 6e4265016c (このIDを非表示/違反報告)
かなで(プロフ) - 完結おめでとうございます!!一話一話を読み終わる度に何とも言えない気持ちになり、言葉にすると『好きだわこれ』しか出ないくらいにもう…もう…好きです!!(結局これしか言えない)二度目になりますが完結おめでとうございました!お疲れ様でした! (2019年1月19日 21時) (レス) id: 5c0695dae3 (このIDを非表示/違反報告)
月瀬ゆうめ(プロフ) - ヒヤリとしたりほんわかしたり・・・読み進める中にどんどんハマりました(笑)中也の盲愛とかは最後の一行に話の全貌が見えてドキッと冷や汗が流れた気がしました・・・面白かったです!続編作って頂けたら見に行きます!・・・無理ではなければ続編作ってほしいです! (2019年1月19日 21時) (レス) id: 07bb2550e4 (このIDを非表示/違反報告)
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